どうやら、私を迎えに来たのはその辺の話をしたかったというのもあるらしい。

「玄関先で大号泣。陽鞠に怒鳴られて脅されたーって」
「あンの勘違い女!」

私が怒りでまたしても罵り言葉が飛び出しそうになっている横で修二は軽快に笑う。

「聞いたら、俺と結婚して、まりあの親権をもらいたいとか言うから驚いたよ。そりゃ、陽鞠も怒鳴るわ」
「精一杯配慮して、怒りの半分くらいしかぶつけてない」
「全部ぶつけてたら、事件だから、事件」

修二はずっと笑っている。

「あのねえ、笑ってんじゃないわよ。元はといえば、修二がはっきり拒絶しなかったからじゃないの? それとも、本気で彼女候補だった?」
「違うって。それに、あらためて昼間きちんと断ったよ」

修二がまりあの髪を撫でる。髪に桜の花弁がくっついていたのだ。

「まりあの母親は陽鞠しかいない。そして、俺はまりあの父で陽鞠の夫になりたいんだって」

私は黙った。

「矢沢さん、理解したと思うよ。黙って、頭下げて帰って行ったから」

ざあっと風が私たちの間を吹き抜けた。春の夜風はもうさほど冷たくはない。横を歩く修二が静かに言った。

「好きだよ。陽鞠」

それは……まりあの父親になりたいからでしょう。
私が好きなんじゃないでしょう。
そう言って拒絶すればいいのに、言葉が出てこない。

「あの頃と変わらず、陽鞠が好きだ。離れている間も、心が変わったことは一度もない」

桜の花弁が舞う。ちらちらと雪みたいに私たちの周りを。
私は答える言葉を失い、ただ前を向いて歩いた。

「今すぐじゃなくていい。いつか、陽鞠の夫になりたい」

修二の言葉は夜に沁み込むように優しくやわらかく響く。
私は家に帰りつくまで、ひと言も返せずぼんやりと歩き続けた。