北階段は校舎の一番奥にある。
 俺が生徒会室に行くために階段を降りると、校舎一階の最奥にある校長室から生徒会長の前原理穂が出てきた。生徒会の活動について校長と打ち合わせをしていたのだろう。手に、ピンク色の分厚いファイルを抱えている。

「会長、俺、今から生徒会室行くんだけど……」

 俺の声に前原が振り返った。その顔を見て、俺の言葉は止まった。

「おまえ……どうした?」

 彼女の理知的な瞳は涙でいっぱいだった。水をギリギリまで入れたコップのように、少しの衝撃ですぐにこぼれてしまいそうなくらい。

「……な、何でもないっ」

 そう言って、笑った。
 いや、笑えてなんかない。口角を上げようとした口はいびつに震えている。細めようとした目から、涙が一滴こぼれた。

「……っ。……な、何でもないから、大丈夫……」

 その顔で『何でもない』はないだろう。

 ファイルでふさがった手で、ぎこちなく涙をぬぐっている。でも、涙は後か後から流れてきて、とどまるところを知らない。

「ご、ごめんねっ......高野くんにこんなとこ見せて……恥ずかしい……。ごめん……」

泣きながら謝る前原はどうしようもなく痛々しかった。謝罪の言葉がますます彼女を傷つけているように見えた。