「ハルカ・・ハルカ・・ハルカ」

 壊れた人形のみたいに繰り返す僕の肩に手が置かれた。

「カナタ・・これがあの子の出した答えなの、きっともの凄く悩んで、悩んで出した答えなの、今はわかってあげられないかも知れないけれど受け止めてあげて・・」

 何も聞こえない

 綾の声も

 空港の喧騒も

 港内アナウンスも

 ハルカの声も



 タクシーがアパートの前に着いて、ようやく自分がタクシーに乗っていたのだと気が付いた。

「大丈夫?1人で上がれる?」

 隣に居た綾が気遣わし気に掛けて来た言葉に首肯だけして、タクシーを降りた。

 ハルカの居ない部屋は見た目は変わらないはずなのに何故か広く感じて、喪失感に拍車をかける。

 スマホを投げる様にテーブルに置いて、ベッドに倒れ込むと甘い香りに包まれる。

「ハルカ・・」

 ハルカに抱かれているような錯覚に身を委ねた。

 気が付くと外がオレンジ色に染まっていた。

 夢であって欲しいと願って視線を巡らせて、ハルカが居ない現実を突きつけられる。

 喉の渇きを感じてキッチンに行き、水切りカゴによくわからないキャラクターがプリントされたハルカ専用のコップが目に入る。

 目を背けて冷蔵庫からペットボトルを取り出してそのまま口を付けた。

『ちゃんとコップに入れて飲んでよ!』

 声が聴こえた気がして振り返ったそこには勿論誰も居ない。

 思わず腕を抱いてその場に崩れ落ちる。

 全身の感覚は無くて、あるのはただ心が壊れていくその耐え難い苦痛だけ。

 不意にスマホの着信音が鳴って、両手両足を床に突いたまま獣のように飛びついた。

【坂下博人】

 画面をスワイプする力すら無く、両手で掴んだスマホを崇めるようにして僕は床に頭をつけた。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 いつの間にか外は真っ暗になっていた。寝ていたのか起きていたのかさえ分からない。ただ、喉が焼けつくように痛くて水分を欲しがっていた。

 中々力の入らない足を何とか立たせてキッチンに向かおうとした時、テーブルの上に淡い黄色の封筒があるのが目に入った。

 見間違えようのないハルカの字で【カナタへ】と書かれたその封筒を勢いよく手に取った。

 折ってあっただけて、封がされてない封筒をもどかしく開けて中に入っていた便箋を取り出す。

 目に映ったのは見慣れたハルカの文字の並んだ手紙。

 【カナタへ】

 僕の名前から始まっていたその文章を1文字も漏らさないように目を走らせた。