虫食いの様にシャッターが降りている商店街を抜けて家に帰る。

 オートロックの鍵を開けてから自動ドアを潜り、階段を登る。部屋は2階だからエレベーターを使うまでもない。

 玄関のドアに鍵を挿して回すと、いつものロックが外れる感触が無く首を傾げながらドアノブを下ろすと、やはり鍵はかかっていなかった。

 時間的に5限の真っ最中。ハルカはまだ帰っていないはず、泥棒とゆう単語が頭をよぎる。

 音を立てない様に慎重にドアを開けた。

 玄関に見覚えのある靴。ハルカが好んで履くスニーカーが揃えて置いてあった。

「ハルカ?」

 泥棒ではなかった事に安堵しながらリビングの方へ声を掛ける。

「おかえり〜カナタ」

 靴を脱いでリビングに続くドアを開けた。

「ハルカ5限・・何してんだ?」

 5限はどうしたか聞こうとして、目に入ったハルカの姿に質問が変わった。

 大きな赤いキャリーバッグが開いた状態で置いてあり、その横でハルカは座って荷造りをしていた。

 大きなキャリーバッグはいい。それは、ここに引っ越して来た時にも、高校の卒業旅行にも使ったやつだ。でも

「何で荷造り?どっかに旅行か?」

 明日も学校はある。今日は月曜日なのだから寧ろ始まったばかりだ。

 勿論高校や中学の様に半強制では無いから、旅行で休んでも咎められる事はない。とはいえ、いくら何でも突然過ぎる。

「ううん、ちょっと一樹さんのとこ泊まりに行って来る」

「え?何で突然?」

「突然でもないよ。前から泊まりにおいでって言われてたし」

「いやいや、それなら普通休みの日に行くだろ?夏休みとか。それに、そんなバッグ持ち出していったい何日泊まるつもりだよ」

「・・別に何日泊まってもいいじゃん、カナタには関係無い。カナタだって私が居たら綾を連れて来にくいでしょ」

「お前何言ってんだ?関係無いわけないだろ、僕はお前の兄貴だぞ」

 僕に背を向けたまま荷造りを続けるハルカの表情は見えない。ただ、その声は何故か子供の頃に聞いた、ハルカが泣きそうになった時の声に似ている気がした。

「・・いでよ」

「何だ?」

 呟く様に漏れたハルカの言葉は小さく、僕の耳には届かなかった。

「都合の良い時ばっかり兄貴面しないでよ!もう子供じゃないんだからカナタにどうこう言われる筋合いない!!」

 振り返ったハルカは僕を睨み付けた。眉を跳ね上げ、唇を震わせる。

「は?」

 都合の良い時?

 都合の良い時っていつ?

 僕が『いい兄』を演じていて都合の良い時なんてものは存在しない

 いつだって苦しくて

 いつだって切りつけられる様な痛みに耐えながら

 【兄】を演じているのに