「あ、あのさカナタ」

「ん?」

「ちょっと聞いたんだけどさ、綾と付き合ってるってホント?」

 口にしなければいけない言葉は1番口にしたく無い言葉で、口にしたい言葉は1番口にしてはいけない言葉。

「本当だけど、綾から聞いてなかったのか?」

 努めて冷静に、何でも無い顔で、明日の天気の話でもする様に何気なく。

「そ、そっか、綾とは最近あんまり話せて無くてさ、聞いてなかったから少しだけビックリしちゃった」

「わざわざ言う事でも無いしな」

「だ、だよね。いつから付き合ってるの?」

「ゴールデンウィーク前ぐらいからだから、ひと月ちょっとかな」

「な、なんかちょっと意外だな、カナタってそうゆうの興味ないと思ってたから。今まで告られても誰とも付き合ってなかったし」

 いつもの倍ぐらいはしてるんじゃないかと思う程、ハルカが瞬きをしながら言う。

「興味ない訳ないだろ、僕も男なんだし。今まではそう思える女の子が居なかったってだけでさ」

 やけに遠くから聴こえる自分の声が、まるでドラマの中の俳優の台詞を聴いている様に感じる。

「そうだよね。や、やっぱり付き合うならちゃんと自分が好きな人がいいよね」

 いつかハルカに【妹恋】が僕の作品だとバレた時、あれは混じり気の無いフィクションだと言える様に。

 ハルカに僕の気持ちが悟られない様に、恋人としてじゃなくても、ハルカの側に居られるなら、その為なら何でもする。

「そうゆう事。だから僕から付き合ってくれって言ったんだ、綾が好きだから」

「っ!」

 僕は狂っている。

 多分それはハルカに女を見たあの日から。

「あっ!ごめんカナタ、一樹さんから電話だからちょっと行ってくるね」

 ハルカは横の空席に置いてあった鞄を掴んで店を出て行った。

 着信の呼び出し音の聞こえない鞄を持って。

 僕は【それ】に気付かないフリをした。

「ごめーん、一樹さんが近くまで来てるみたいだから行って来るね。付き合わせたのにほんとごめん!」

「別に、暇だったし」

 ハルカがそう言って出て行った後には、殆ど手を付けていない冷めたコーヒーと、時間が経ってパサパサになったサンドイッチと、狂った僕だけが取り残されていた。

「ここ、空いてる?」

 俯いてサンドイッチを凝視していた僕に、不意に言葉が降って来る。

「・・巻町さん」

 顔を上げるとそこに居たのは、珍しくタイトなスカートタイプのスーツ姿をした巻町さんだった。

「なんて顔してるのよ」

 さっきまでハルカの座っていた椅子に座りながら巻町さんは苦い笑みを溢して言った。

「顔は生まれつきこれなんで、文句を言われても困ります」

「世界一不幸って顔してるわよ」

「まさか、僕はそんな傲慢じゃないですよ。僕より不幸な人間なんてそれこそ星の数よりいますし」