「凄く楽しかったわ」

「それは良かった」

「貴方は・・楽しかった?」

 そう言った綾の瞳はあの日見た不安の色を携えていて

「ああ、楽しかったよ」

 僕のその言葉に見せた笑顔はいつもの優雅な笑顔でも強気な彼女でもない、まるで子供の様に屈託のない物だった。

「まあ、私とデート出来たのだから当然よね。それじゃまた」

 改札を抜けてからも何度か振り返りながら離れて行く綾は、今にもスキップし始めそうな足取りで思わず頬が緩んだ。

「おいおい、契約彼女だろ。そんなに嬉しそうにすんなよ・・」

 巻町さん達に嘘をついた罪悪感と、綾の笑顔に対する罪悪感、それはこの関係を続けて行く上でずっと抱き続けるのだろう。

 それどころか、もっと大きな罪悪感に変わって行くのだろう。

 これから先の踏み外した道を自覚して尚、綾との時間も悪くない、そう思えた。

 いつかあの笑顔が哀しみに塗り潰され、綾の心に大きな傷を残す。避けられないならいっそ堕ちるところまで堕ちてやる。

 万が一にも失敗する事は許されないのだから。

 この道の先にある世界は、綾に決して優しくない世界だ。それをわかっていて選んだ彼女の覚悟に報いる為にも、僕はこの道を歩ききってやる。