【春川出版編集部】

 嫌予感が頭を過ぎる。とゆうより嫌な予感しかしない。

 スマホの画面が見えたのだろう、綾が僕の顔を見て苦笑した。

 これが編集長の個人的な携帯からかかって来ているなら気付かなかったフリも出来るが、編集部からとなれば仕事の可能性もあるので無視も出来ない。

「もしもし」

「あ、高花先生。春川出版の西原です、お世話になっております」

「はい、お世話になります。それで今日は?」

「先生の【妹恋】の重版が決まりましたのでお祝いと御報告をと思いまして、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 思っていた内容では無かった事に胸を撫で下ろしながら御礼を返した。

「ところで先生」

 撫で下ろした胸が一瞬で逆立つのを感じる。

「なんでも恋人が出来たとか、おめでとうございます」

「あ、すみません、挨拶が遅れてしまって、綾さんとお付き合いさせて頂く事になりました」

 なんとか捻り出した言葉を吐くが、一向に頭が働く気配がしない。

 隣で綾が『代わりましょうか?』と小声で話しかけて来るが、今ここでそれは悪手だと判断する。

「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、今すぐ結婚するわけでもありませんし、多少なりとも知らない仲でもないので、娘が自分で選んだのならとやかく言う問題でもありません」

「そう言っていただけるとありがたいです」

「ただ」

 さっきまでとは打って代わってドスの効いた低い声が受話口から溢れて来る。

「もし娘を泣かせやがったらぶっ殺すぞ」

「・・肝に銘じておきます」

「それではまた、今度娘も交えて食事でもしましょう」

 再び営業トーンに戻って西原編集長は通話を終わらせた。

「・・・」

 彼女の親に挨拶なんて多くても人生で数回しかないであろう一大イベントはどうにか乗り切れたが、『契約彼女』とゆう後ろめたさが少なくない罪悪感を胸に落とした。

「ごめんなさい、まさかお父さんがあんな事言うとは思っていなかったから・・」

 どうやら声が漏れていた様で綾が珍しく申し訳なさそうに目を伏せた。

「気にするな、親なら当然だからな。愛されてる証拠だよ」

 『泣かせたらぶっ殺すぞ』

 比喩でも何でもなく本心だろう。何故ならハルカの涙を見た時の僕も同じ気持ちを抱くから・・・

 それから晩ご飯をファミレスで済ませ、7時を回ったところで改札口まで綾を送った。

「それじゃ気を付けてな」

「ええ、カナタも」

 一応改札を抜けて姿が見えなくなるまで見送ろうと思って立ち尽くしていたが、綾は改札の方に向かおうとしない。

「どうした?」

「・・す」

「す?」