『まあ、贔屓目無しにして可愛いな』

『それなのにどうして双子であるカナタの容姿が優れていないと思っているの?』

『・・・』

『【ザンメン】って呼ばれているのはカナタと坂下君2人のコンビを指しているのよ』

 【ザンメン】の【ザン】の部分が何を指しているのか気になったが、藪蛇になりそうだったので聞くのはやめておいた。

「カナタ〜上がったよ〜」

 ハルカの声で今に帰って来た僕は『ああ』と返しながら振り返って、そのままの勢いで顔を前に戻した。

「服着ろっていっつも言ってるだろ」

「え〜着てるじゃん」

 確かに『着て』はいる。

「シャツだけじゃなくて下も履けって言ってるんだよ」

 大きめのTシャツを被っているだけのハルカの下半身は、隠さなければいけない部分が絶妙に見えてしまっていた。

「別にいーじゃん!誰も居ないんだし」

「僕が居るだろうが」

 あくまでも視線はお笑い芸人に向けたまま僕は答える。因みに、大会優勝コンビのネタはもう終わっていて、今は知らないトリオ芸人のコントが流れていた。

「ん?何々?もしかしてカナタは私の下着姿見て興奮するの?」

「するか!僕はマナー的な事を言ってるんだよ!」

 ふと、一瞬の間があって、シャンプーの甘い香りと共に肩に柔らかい何かが押し当てられた。

「私は、カナタならいいよ・・?」

 少し汗ばんだ白い腕が後ろから伸びて来て僕の身体を包む。

 耳元で艶のある声がし、鼓膜を越えて三半規管まで揺らされた気がした。

「バカ言ってないでサッサと服着ろ」

「ちぇっ・・面白くな〜い!カナタのバーカバーカ!もう寝る!」

 心が荒れる。

 前は軽く流せていたスキンシップすら平静を保つのに尋常ではない精神力を使う。

 変わったのは間違いなくハルカではなく僕で。

 去年より今年、昨日より今日、さっきより今の方が気持ちが強くなっている。

 元々言動の幼いハルカが、女らしさを身に纏い始めてからはより顕著にその想いが強くなった。

 大学に入学し、漸く新しい生活に慣れて来た頃だった。それまで、何度告白されても誰とも付き合おうとはしなかったハルカが突然『好きな人出来ちゃった。てゆうか彼氏出来ちゃった』と、満面の笑みを浮かべて言った。

 僕は【妹恋】の重版の連絡を受けた直後だったが、そんな事は一瞬で頭の中から消え失せてしまった。

 日に日に女らしくなって行くハルカを見るのは拷問だ。せめてもの救いはハルカの彼氏である『一樹さん』と会う機会が未だに訪れて居ないとゆう事ぐらいだ。

 目の前で違う男に甘えるハルカの姿なんて見てしまえば、どうなるか自分でも想像出来ない。



 ハルカが部屋に戻ったのを確認してから、ノートパソコンの電源を立ち上げた。

 カタカタとキーを打つ音と、芸人の『なんでやねん』とキレのあるツッコミの声が混じる。

 バックスペースキーを押して、たった今書いたばかりの1文を消す。そこでまた『なんでやねん』とツッコミが入った。

 
 一樹さんが一樹さんが一樹さんが一樹さんが一樹さんがーーーー

「クソッ!」

 結局その日は一文字も打つ事無く僕はパソコンを閉じた。