今日だって朝起きて、ピンクのドレスを着ようと思ったけど気が変わったから紫のドレスを急遽メイドに用意させて、朝食に大嫌いなウナギゼリーを出されたから給仕係に皿をぶん投げて、苦手なバリアロス古語の授業を脱走して、中庭で猫を苛めて、午後のお茶のお菓子が気に入らなかったから全部取り換えさせて、それから五年ぶりに会う父に新しいドレスと宝石のついた帽子と金ぴかの馬車をおねだりしようと手ぐすねを引いて待っていた、どこにでもいる普通の女の子の日常を送っていただけだ。

それが『実はあなたはゲームの悪役です』とメタ的な視点で判明してしまったのだから、動揺もやむなしである。

しかもサマラはまだ五歳だ。幼児など思慮浅くて当然、半分本能だけで生きているような脳みそに、突然、佐藤由香二十五歳の記憶と思考が介入してきたのだ。由香は――いや、サマラは生まれてから五年間の己の行いをすかさず後悔し、今、自分が置かれている状況がどれほど危機的かを理解して、背中に汗をびっしょりと掻いた。

(サマラって……、サマラって確かどの攻略ルート選んでも……死んじゃったよね?)

前世の記憶がどんどん甦る。何度もやり込んだ『魔法の国の恋人』。主人公のリリザにとことん意地悪をし尽くしたサマラは、最後に魔人の暴走に巻き込まれ、誰にも助けてもらえず惨めに死んでいくのだった。享年十六歳。

(私、あと十一年で死亡確定!? え!? 嫌だ嫌だ嫌だ! 人に意地悪して嫌われまくったあげく、誰からも助けてもらえず死ぬなんて絶対に嫌だ!)