「クロエ」



 それが新しい自分の名前だと認識するまですこし時間がかかったものの新しい人生に切り替わったのだと思うとそれがたまらなく嬉しかった。

 神々との謁見が夢だったのではないかと思うたび、大人の目を避けては頬をつねってみた。

 痛い。生きている。

 意識があるうちに乳を飲むことや下の世話をされるのはまあまあ応えたが人間である以上は仕方がない。新生児はいきなりフルコースなど食べられないのだから。

 この家の家名はエンディアといい、爵位はなんと大公であった。

 つまりこの家は王族の分家なのだ。生まれが保証されるとは言ってたがまさかまたこんな裕福で王族に近いところに生まれるとは、とクロエは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 自身が女王だったころ、この国とは貿易関係にあったものの王に会ったのは四、五回ほどでしかなく正直あまりおぼえていない。

 円満で平和な貿易だっただけになんとも残念な気持ちでいっぱいである。

 この国は男が王として政治を行う国なので王妃はよくある高位貴族の令嬢から娶られることが普通なようである。



 この時代は、自分はみじめにも斬首されたあの日からそう時間がたっていない。

 おそらくあの日から十年程度先の世界だ。ゆえに各国の風習にも大きな変化はなく、この国居おいて自分の将来はどういう男に嫁ぐかでほとんど決まっているようなものだと察する。

 ここで婚約者が決まってもそれがルネの魂でなければどこかで破談になるのだ。

 キズモノ令嬢というのは両親のためにも避けたいが、出会えるとわかっているだけまだ幸運だった。今日、登城に付き合わされているのはおそらく王子や王太子に会わされるためだろう。

 遠からぬ血縁関係とはいえ、決して近すぎないし婚約者にはうってつけだというのも頷けるというものだ。