暑い夏の中、そっと足を浸す。


穢れを知らない、無垢な青色をした海はなんだかちょっと冷たかった。


「青いね」


ただ一言つぶやくように言う。


今の私達には似合いそうにない、どこまでも広がるこの純粋な青さ。


憎いくらい澄んだ青色。


私達を嘲笑うかのように波が足元に押し寄せた。


そこから目をそらすように隣にいるハルを見る。


「俺らの心のが青いな」


そう言ったハルの横顔には案の定透明な液体がながれていて。


そして私の頬にも同じ液体がながれていた。


「ほんとだね」


私達の心の方がよっぽど青い。


海の青さなんかより、ずっと。










「ハトリなんか嫌いだよ」


なにかの青春映画みたいに海に向かって叫んでみる。


咄嗟に叫んだせいか、私の声は掠れていた。


私の心情そのものだな、って他人事のように思う。





「マツイなんて嫌いだ」


私の声に続いてハルも叫んだ。


ハルの声も私と同じくらい掠れていて。


なんか惨めだなって苦笑する。






















―でも、そりゃそうだよ。


この声は誰にも届かないのだから。


私達が届けたい相手はここにいないのだから。






だからこの想いを知っている人は、世界で私とハルしかいない。


皆、私達の青色を知らない。









「ハル、声震えてるし」


そう指摘すると


「シノだって、震えてたし」


と鼻声で返ってくる。



















だって―。










だって嫌いになれないもん。


嫌いになれてたら、


ハトリとマツイってお似合いだねって笑えてたら、







―心が青くならずに済んだのに。
















ハトリのことを嫌いになれなかったから。


だから、ここに来た。


私の心の青さを隠してくれるから。


私の目から零れた塩分をどこかへやってくれるから。


「俺、マツイなんか好きにならなきゃよかった」


ハルが遠くを見つめて言う。


私達はきっと今同じことを考えてる。







出会わなきゃよかった、って。


恋なんてしなきゃよかった、って。






でもきっと、過去に戻ってやり直せたとしても、また好きになるんだろうな。







「マツイ、ハトリの隣で笑ってたよ。」





「ハトリだってマツイの隣で楽しそうだった。」









そんなの知ってるよ、私達が1番。


ずっと追いかけてた人だから。


ずっとみていた人だから。


















―ずっと好きだった人だから。












知ってるけど、私達の心は青いから。


だから、慰めの言葉なんかかけられない。


お互いそんなのわかってる。


今も私たちの目には青色の涙が溜まってるから。





この青い涙が、海の青さに混じっていく。


心の青さが、海の青さに浸っていく。




青い海にとけ込んでゆく。









―私達の心はあの日からずっと青い。









「ハル、今日は塩分補給しないとね」


何事も無かったかのようにすまして見せた。


「だな」


ハルも、何も気にしてないような顔して荷物を持つ。


「お腹すいたね」


そして、いつも通りの会話をする。


初めから何も起きていなかったかのように。


目が腫れてることとか、鼻声なこととか、そんなの気にしない。


ただ、いつも通りに過ごす。


それだけ。


それだけなのに。



















―それがとても難しい。










また零れそうになる青を、必死に手で受け止める。


それでも止まることを知らない青色が、私の意志とは関係なしにどんどん全身から溢れ出していく。










あぁ、やだな。


こんな想いも、こんな青色も、




こんなこと考えてる自分も。








「明日が土曜でよかったな」


そう言うハルは苦しそうで、


それを聞いた私も苦しくて、切なかった。


「明日も海に行こうね」


ただ一言告げる。


それだけできっとハルには伝わっている。


海は私達の青を隠してくれる。


受け止めてくれる。


「だな」


短く言ったハルの言葉はなぜか心地よくて。


とてつもなく胸が痛かった。










―あぁ。











まだ、私達の心は青いまま。


まだ、満たされないまま。















私達の青さは、いつになったら満たされるのだろう。










満たされる日がくるなんて想像がつかないけど。

















―だから、多分。
















私達は青を抱えながら過ごしていくんだ。

















―心の青が満たされる時まで。