萌はカフェで買ってきたコーヒーをデスクの上に置くと鏡を出し、自分の髪型などをチェックし始めた。時間は8時30分を過ぎている。いつものことだが、さすがに今日は朝一での会議が控えているため、口を出してしまう。

「佐藤さんもう少し早く出勤することはできませんか?」

「えーー。私遅刻してませんよねー?」

「8時30分までに仕事ができるようにしてもらいたいの。わかる?出勤してから髪型のチェックをしたいなら8時30分前にしてちょうだい」

少し強めの口調になってしまったけれど、わかってくれるかしら?

「……っ。ごめんなさい」

「……えっ」

萌は大きな瞳に涙をためて、上目遣いで見上げてくる。155センチの萌は165センチの玲奈を見上げるかたちになる。今にもこぼれ落ちそうな涙をためた萌の姿はとても可愛らしい。

きっと男性なら庇護よくをかき立てられるのだろう。

しかし玲奈は女性だ。

謝って欲しいわけではないのだけれど……。

溜め息をつこうとした時、男性社員達がざわつき出した。

「何だ、何だ?」

「萌ちゃん、かわいそう」

「また一条さんが萌ちゃん泣かしてるって……」

「地味女が、かわいい萌ちゃんいじめるって……ひがみじゃん」

そこへ今井部長がやって来た。見た目は少し頼りなさそうなこの部長だが、実は仕事ができるため、社員にも一目置かれている。

「みんなおはよう。何だ?何かあったのか?」

すかさず萌が今井部長の腕にすがりつくようにくっついた。

「一条さんが……私、遅刻してないのに……もっと早く出勤しろって言って……」

グスンと鼻をすすり、目を潤ませる萌。

部長は鼻の下を伸ばし、萌の背中をポンポンとたたいた。

「そうか、そうか、一条くん佐藤さんは遅刻していないんだろう?ならいいじゃないか」

「分かりました」

そう言ったが納得できない。

あまい……。

どうして男はこうなのだろう……

玲奈は大きく息を吐き出すと、会議に気持ちを切り替えることにした。

しかし聞こえてきたのはーー。

「地味女……」

「きっつー」

「顔もだけど性格もブス」

会議のため移動を始めた社員の口から玲奈を責めさいなむ、いじめの様な言葉が聞こえてくる。

そんな玲奈とは違い、萌は男性社員たちに囲まれていた。

「萌ちゃん大丈夫?気にすることないよ」

「でも……私が仕事が出来ないからダメなんです」

両手を口元に添え、またウルウルと目を潤ませると、男性陣の顔が赤くなっていく。

「そっ……そんなことないよ。萌ちゃんはダメなんかじゃないよ」

「そうだよ。何かあったら俺らが助けるし」

「……ありがとう」

にっこりと微笑む萌を見た男達が悶絶した。

「ぬおーーーー」

何人かの男たちが変な叫び声をあげている。



バカなの……。


玲奈が後ろからそれを見ていた時、瞳をウルウルとさせていた萌の口角が一瞬上がり、ニヤリととするのを見てしまった。

あっ……あざとい……。