「――どっちが本命であっても、時森さんには二人と距離をとってもらうことになる」


ごめんね、とつぶやいた声が、グラスのロックアイスの乾いた音にかき消される。
私は台を拭く手を止めない。

遂に言われたな。ただそう感じた。
思っていたよりも気持ちは落ち着いている。この日のためにシュミレーションを重ねたかいがあった。

真顔で、そっけなく。「そうですか」と、たった五音を奏でるだけでいい。


「……案外驚かないんだね」
「驚きませんよ。アイドルとの同居がずっと続くなんて思えませんし、こうしてかかわっていることがもう、おかしなことなんですから」


怜と出会ったのは、例外。例外の延長で同居が始まり、手塚くんとも知り合って、こうして“推し”たちとお酒を飲みながら誕生日を祝う。

こんな日常は誰の人生にも存在しない。


「そういうからにはそちらから怜をどうにかしていただけるんですよね。私は彼のお迎えに行かされたことがあるんですよ」
「落ち着いて、時森さん。俺だって本当はこんなこと言いたくないよ。怜も詩壇も君からいい影響を受けているし、だいぶお世話になっている。
今回は三毛門社長が言い出したことなんだ。どうにも、俺たちが意外と調子がいいから事務所としても推していこうってね」

「はあ……」

「現金な人だよ。俺が一回週刊誌に撮られて、俺たちの話題性に気づいた。撮られそうな原因を排除してからいろんな媒体に働きかけるらしくてね」

「はあ……」

「もう、怒らないで。俺だって腹は立ってる。都合よく使われている自覚もある。けれど雇われている俺は、雇い主には抗えないんだ」
「大丈夫です。私も茶川さんの立場ぐらいわかりますから」


とはいいつつ、その三毛門だか三毛猫だかに腹立たしい気持ちを抱かずにはいられない。

自分のところのタレントの体調管理ぐらいちゃんとしなさいよ。それを怠ったから、私に拾われてしまうんでしょう。