私の手は、小さな旅行トランクを引きずっていた。

「突然ですみません。夏休みと有休を合わせて取ります」

一ノ瀬さんあてに、メールで連絡をした。一方的だった。

こんなことは社会人としてするべきじゃない。分かっているけど、どうしようもなかった。

瑞穂とケンカになり、店を飛び出した私は、クローゼットからトランクを引っ張り出し、旅の支度をしていた。

「さて、何処から回ろうかな?」

旅先は決まっている。でもルートは決まっていない旅だ。

「やっぱり、軽井沢かな」

その後は、山梨、千葉。一週間の休みだ。十分回れるだろう。

宿泊するホテルは決まっている。

少し外れた時期にやって来た軽井沢だけど、人気の観光地は観光客で賑わっていた。

店の入れ替わりも激しいのか、初めて見る店も沢山あった。

軽井沢はカフェが多い。値段は銀座や表参道なみに高い。

『美緒、俺、ソフトクリームが食べたい。コーヒー味にする? それとも濃厚ミルク味?』

『美緒、凄く高くない? ジュース一杯1000円もするよ? 軽井沢ならではのフルーツかもしれないけどさあ、ジュースに1000円は出せないよな』

哲也と付き合って初めて来た旅行先が軽井沢だった。

『高いけどさあ、一度泊ってみたかったんだよね。バイト頑張って良かったね』

私は不安と期待といろんな感情が混ざっていた。

初めての旅行で宿泊するのなら、夜には哲也との一夜が待っている。

旅の行先を考えている時の楽しい時間。

両親に彼氏と旅行に行くと言えずに、渉には小遣いをあげて口裏を合わせてもらったっけ。

「あの時と味は変わらないのかな?」

哲也が食べたコーヒー味のソフトクリームを食べる。

少し味見をさせてと言った私に、哲也は意地悪をして、くれなかった。

むくれた私の頬をつねって「可愛いほっぺ」と言った。

「こんな味をしていたのね」