「乗ってください」

「悪いな」

「送って行きますから」

私が言うと、一ノ瀬さんは黙って私の目を見て、ありがとうと言った。

「連絡を入れるから」

「分かったわ、気を付けて」

タクシーに乗り込み、行先を告げる。一ノ瀬さんは座って身体を支えているのも辛そうで、私は、自分の身体を支えにして、一ノ瀬さんを寄りかからせた。

普段だったらここまで悪化はしなかっただろうが、休まずに働いれば無理はない。

自宅近くになり、運転手がナビを見てマンションを確認する。

「ここです、エントランスに入ってください」

「畏まりました」

高層マンションでもない、普通のマンションだ。ざっと見た感じ10階建てに見える。

何棟か建っているようだけど、ここからは良く見えない。

お金を私が支払い、二人分のバッグを肩にかける。

自分よりも背が高い一ノ瀬さんの腰あたりを支えて、タクシーを降りた。

「鍵は? バッグですか?」

「ああ、前のポケットに入ってる」

ごそごそと探って鍵を取り出し、キーをかざすと、エントランスのドアが開き、エレベーター前に行く。

正直、身体が大きい男性を介抱するのはかなりしんどい。この暑さで私も汗だくだ。

「何階です?」

「8」

「8……」

エレベーターの中に入ると、一ノ瀬さんはしゃがんでしまった。

もう少しで楽になれる。それだけを思っていた。

8階に着き、今度は家が分からない。

「一ノ瀬さん、どこ?」

「あっち……一番奥」

「一番奥ね」

やっと家に着いて、鍵を開ける。一ノ瀬さんも安心感から玄関で倒れ込んだ。

「ここで待っててくださいね」

人の家だけど、ずかずかと入って行き、とりあえず窓を開ける。

「リモコン、リモコン……あった」

テーブルの上にあったエアコンのリモコンを見つけ、冷房をつける。

それから、寝室を見つけるために、ドアを開けまくりやっと寝室を見つけた。

「暑い……」

ここでも窓を開けて、部屋にたまった熱気を逃がす。それからまたリモコンを探す。