「ねえ、一ノ瀬さん休んでないのよ。大丈夫かな。やることが一杯で、頭が回ってない感じだけど」

「心配?」

「心配に決まってるじゃない。瑞穂は心配じゃないの?」

「だって、それなりの役職が付いてる人なら、それも仕方ないと思うけど?」

瑞穂はあっさりと言った。自分と同じように心配しているかと思っていた私は、唖然とした。

意外とドライだ。

「でも、渉が一ノ瀬さんと同じくらい忙しくて、休みが無かったらものすごく心配する」

渉というのは私の弟で、瑞穂の彼氏だ。

「一緒じゃない、一ノ瀬さんだって」

「違うわよ、そこに愛があるか、ないか。美緒はきっと渉より一ノ瀬さんの方が心配だと思うよ?」

「え? どういうこと?」

「さ、取り掛かろう。時間がないよ」

瑞穂は私に何が言いたいのだろう。

私だって瑞穂同様に、渉のことが心配になるはずだ。

一ノ瀬さんという上司で他人よりも、弟という肉親の方が心配に決まっている。

瑞穂と手分けをして、作業に取り掛かる。膨大な数の所属タレントがいるために、漏れがないようにしなければならない。

全部の契約書を作るのは初めてだけど、所属していたのかと思うタレントもいた。

「後で読み合わせてチェックをしよう」

「そうね」

個人情報が載っている書類の扱いは緊張する。紙一枚のことだけど、紛失なんてしようものなら、始末書だけでは済まないかもしれない。

「ねえ、瑞穂」

「なに?」

「優先順位的に言って、会議の書類をコピーしてお茶の準備をした方がいいよね」

「そうだった、それが先だった」

「お菓子は先日の制作発表で残ったお菓子があるわ。焼き菓子だから日持ちが良かったはず。それと、コーヒーでいいか」

後で瑞穂とおやつで食べようとこっそり残しておいたお菓子があったが、こう暑くては外に買い物に出たくない。それに、買い物に行っている時間もない。