「一ノ瀬さん、美緒を好きですよね?」

「なぜ、おまえに言う?」

桜庭に告白する前に、川奈に言える訳がないだろうが。

「お願いします。あの子が好きなら、そのことも全部包んであげてくださいませんか?」

「……」

三角関係くらいだったら何とかものにしてみようと思うが、相手が亡くなっているとなると、生半可な気持ちじゃ桜庭に向かえない。

「彼が死んだのは自分のせいだって思っているんです。それが原因じゃないんですけど、亡くなった日からずっと今まで、眠れない夜を過ごしているんです。自分を責め続ける美緒を、優しく包み込んでくれる人は、一ノ瀬さんだけです」

桜庭は遅刻をしたことがない、むしろ早く出勤しすぎだ。

一番に出勤しては、事務所内の掃除をして社員達のために朝のコーヒーを入れる。

朝が早い出勤は、こういう理由だったのか。

一度、理由を聞いたことがあった。

「新入社員だったときの癖が抜けなくて」

彼女はそう言った。

俺は、意識的に早く出勤するようになった。朝は苦手で、起きるのにも一苦労な自分が、女に会いたいが為に早く起きるとは、変わったものだ。

彼女と二人の時間を過ごせるのが、忙しくてストレスが溜まっていた俺にとって、安らぎでもあった。

「コーヒーをお飲みになりますか?」

早く出勤した時は、必ず聞いてくれた。

彼女のいれたコーヒーは、買い置きのコーヒーであっても美味しく感じた。

告白をためらっているわけではなかった。

ただ、彼女を包んでいる悲しみが大きすぎて、俺には包んでやれる自信がなかったのだ。

焦ることはない、今はただ、見守ってやりたい。

そんな気持ちで過ごしてきたら、いつの間にか季節は夏へと移行していた。