「ねぇ、今日は仕事の話はもう止めよ。せっかくのお正月休みだよ〜。」


厳しい顔で、そう言った直後に、デレっとした顔になって、鈴は言う。


「そっか、そうだな。」


つられるように笑顔になって、達也も答える。


「明日は、寝坊してもいいよね。」


「もちろん。」


「じゃ、今夜は寝かさない。」


そう言って、ちょっと恥じらいながら、でもいたずらっぽい笑いを浮かべて達也を見る鈴。


「それって男のセリフだろ。」


と返す達也に


「いいの。だって・・・達也が大好きなんだもん、愛してる。」


と言うと、鈴は押し付けるように、達也の唇に、自分の唇を重ねた。


そして、翌日は予定通り、ノソノソと昼近くに始動した2人。2日間で大掃除を済ませ、大晦日と元日は、新年挨拶も兼ねて、達也の実家へ。


実家に着くや、達也の両親は大喜び。もっとも実の息子はそっちのけで、歓迎されてるのは鈴だけで、下にも置かない扱い。


こんなダメ息子に、嫁いでくれた鈴を粗末にしたら、バチが当たると相変わらず、思っているようで、お節作りなどの正月準備に忙しそうな佐知子を手伝おうと、鈴がキッチンに入ろうとすると


「いいのよ。鈴ちゃんは普段、仕事で疲れてるんだから。のんびりテレビでも見てて。」


と押し止め


「そんな、私は神野家の嫁ですから、それじゃ困ります。」


と鈴を困惑させる有様。


「普段も兄貴の話なんて、してるの聞いたことないけど、義姉さんのことは『鈴ちゃんが、鈴ちゃんが』って本当に毎日、話題にしてるぜ。」


と4歳下の弟、和也(かずや)が呆れ顔で言うと


「全く、毎年同じようなことを言って、鈴を困らせやがって。アホかってんだ。」


達也も文句を言うが、それでも鈴を大切にする両親と、それに甘えない鈴の両方に感謝の思いもあった。


そんな賑やかな2日間を過ごして、達也の実家を後にした2人は一旦自宅に戻り、2日と3日は鈴の実家に。もっとも鈴は


「いいよ、ウチの実家は日帰りで。泊まったって、なんのお構いもできないし、お母さんだって、別に喜んでないんだから。それより、お正月休みの最後の日は、2人でのんびり過ごそうよ。」


と、義実家に行く前とは全く違うテンションだったが


「そうはいかないよ。お母さんは普段、一人なんだから、こういう時こそ、親孝行しないと。」


と達也はたしなめる。実際、自分の実家と違い、良子の反応は歓待という言葉とは程遠いのだが、それでも2人が来てくれることを喜んでいるとは、達也は感じていた。


結婚して、離れてから、厳しかった母親への反発を強めている鈴と良子をなんとか繋ぎ止めよう、そんな2日間だった。


こんな風に過ごした正月休み。家に帰り着いた2人は


「疲れた〜。」


というのが実感だった。


「達也、いろいろありがとう。じゃ、お風呂準備してくるね。」


そう言って、バスルームに向かった鈴の後ろ姿を達也は見ていた。この1週間、久しぶりにずっと一緒にいた妻は、たまに心、ここに非ずといった様子で、ボンヤリ何かを思っているような仕草を見せることはあったが、それ以外は、特に以前と変わらぬ妻だった。


年末に感じた胸騒ぎは、考え過ぎだったのかもしれない。達也はそう思っていた。