一方の鈴が所属する営業部は、言うまでもなく会社の花形。企業の命運を左右する売上を稼ぐ部署で、その忙しさは、正直、総務部の比ではない。


その日の勤務を終えて、会社を出た達也は、自宅の最寄り駅に降り立つと、直結しているスーパーに立ち寄り、買い物を済ませ、帰宅した。


日帰り出張で、妻の帰りが遅いこの日、達也が夕飯の仕度を担当する。


大学を出て、すぐに一人暮らしを始めた達也にとって、料理はお手の物。疲れて帰って来るに違いない鈴の為に、彼女の好物のハンバーグを用意して、帰りを待つ。


その他の家事も難なくこなす夫を見て


「達也は何でも出来るんだね。」


結婚当初、鈴は感心しきりだった。もっとも鈴の方も、子供の頃から、父に手ほどきを受け、両親が離婚して、父が去ったあとは仕事が多忙な母に代わって、家事は一手に引き受けて来ており、世間でよく聞く家事の分担で揉めるなどということは、2人には全く無縁の話であった。


鈴が帰宅したのは、午後9時近かった。


「達也、ただいま!」


出迎えた達也に飛びつく鈴。


「疲れたよ〜。」


「お帰り、お疲れ様。」


達也が、甘えて来る妻を抱きしめ、次に頭をポンポンしてやると、鈴は嬉しそうにデレッと笑う。


「ありがとう。疲れが吹っ飛ぶよ。達也、大好き。」


鈴にそんなことを言われて、照れ臭そうに微笑んだ達也が


「お腹、空いたろう。早く着換えて来なよ。」


と言うと


「うん、ありがとう。」


鈴も笑顔で答えた。


着換え終わり、食卓に並ぶ料理に


「あっ、ハンバーグ。美味しそう、達也のハンバーグ食べたかったんだ。」


「そうだろうと思ってさ。」


「嬉しい。やっぱり心が通じ合ってるんだね。」


ニコニコ顔でテーブルについた鈴は


「いただきます。」


と、えびす顔でハンバーグを口に運ぶ。


「美味しい〜。」


と満面の笑みの妻に


「そうか、ならよかった。」


と達也も笑顔。しかしその笑顔を見た鈴は一転


「でも、ごめんね。今夜は本当は私が夕食当番だったのに。それに朝だって、あなたが起きる前に出ちゃったし。」


と表情を曇らせて、謝る。


「バカだな、そんなこと気にする必要なんかないよ。仕事なんだから、しょうがないじゃないか。当番なんて、臨機応変に変えればいいんだし。」


と笑顔でそう答える達也に


「うん、ありがとう。あぁ優しい旦那さんでよかった。」


鈴もホッとしたように、笑顔になった。