それは夏の暑い、ある1日の出来事だった。今から6年前、達也は大学2年生だった。


受験戦争を勝ち抜き、さぁ華やかなキャンパスライフを。そう意気込んで、大学の門をくぐった達也。


しかし、大学に入れば、きっと楽しい日々が待っている。そう考えていた彼にとって、現実は厳しかった。


なんとなく友人は出来たものの、いわゆる「イケてない」似たような連中ばかり。


せっかく入ったサークルも、水が合わずにいつしか足が遠のき、気が付けば、特に目的もなく、バイトに明け暮れる日々。


あっと言う間に1年が過ぎ、2年生になったものの、あいも変わらずの毎日が過ぎて行く。


面倒だった前期試験も終わり


「海にでも行くか。」


と、友人の川嶋(かわしま)雅紀と言い合って、あの日、海にやって来た。


もちろん、出会いでもないか、そんな期待を胸に秘めてのことだったが、見た目も冴えない、積極性もない2人に、そんなことが起こりうるわけもなく、いつしか遠泳のタイムを競い合ってる有様であった。


「腹減ったな。」


「じゃ、海の家で飯にしようぜ。」


そう言って、雅紀と一緒に焼きそばを買う列に並んだ。


そして、ようやく次だと思っていたら、前にいた女子がもじもじ、し出すとやがて


「すみません、お財布忘れました。取って来ます。」


と小さな声で、言ったのが聞こえた。


「あっ、いいよ。取り敢えず僕が立替えといてあげるよ。」


次の瞬間、思わずそう言っていたのは、早く焼きそばにありつきたい一心からだった。


突然、そんなことを言い出した見知らぬ男に対しては、その子は警戒心丸出しだったが


「大丈夫、立替えるだけ。あとで返してくれればいいよ。」


彼女の反応は、当然だと思った達也は、にこやかにそう言った。それで安心したんだろう、彼女は


「ありがとうございます。」


とホッとしたようにお礼を言ってくれた。


それがきっかけになって、それから鈴と名乗るその彼女と彼女の友人の怜奈、そして達也と雅紀は4人で一緒に行動した。


結構いい雰囲気になったと、自分でも思ってはいたが、根がヘタれの達也は、あと一歩が踏み出せない。


そして夕方になり、帰るという鈴に


「じゃ、気をつけて帰るんだよ。」


そう言って、達也は背を向けた。