「旅行に行くか?」


突然、達也がそんなことを言い出した。


「えっ?」


「鈴が退職したんだから、お疲れ様会を兼ねて。こんなこと言っちゃ、なんだけど、いろいろあったからな。ちょっとのんびりしようよ。」


そんなことを言い出した夫に


「ありがとう。でもいいの?」


遠慮がちに鈴が聞く。確かにいろいろあったけど、それって結局私が仕出かしただけだし・・・。そう言いたげな妻に


「実はさ、ウチの親から旅行券もらっちゃってさ。」


「えっ?」


「なんかの懸賞で、温泉の宿泊券が当たったみたいでさ。これで鈴ちゃんの慰労がてら、2人で行ってきなって。」


と達也が答えると


「とんでもないよ。そんなの、いただけるわけないじゃん。申し訳なくて。それはお義父さん達に行ってもらって。」


鈴は激しくかぶりを振った。鈴は先日、達也の両親に会いに行った。今回の退職の経緯を報告に行きたいという妻に、俺達の間で解決してることなんだからと、達也は止めたが


「お義父さんとお義母さんに何も言わないなんて、出来ない。あんなに可愛がっていただいてるのに。」


と言い張り、やむなく2人で出掛けた。


涙交じりの鈴の報告と謝罪を、高也も佐知子も深刻な表情で聞いていたが


「2人の間で、解決しているなら、私達の言うことは何もないよ。」


そう答えた佐知子の横で、高也はうんうんと頷いていた。その義両親の対応に、鈴は大粒の涙を流しながら、感謝の意を述べた。


それだけでもありがたいのに、旅行までプレゼントしてもらうなんてと言うのは、鈴にしてみれば当たり前の反応。それに対して、いやせっかくウチの親の好意だからと、達也は言い、しばらく押し問答を続けた末


「じゃ、今回はお義父さん達と4人で行こう。それなら喜んで行かせてもらうよ。」


「えっ?」


よもやの妻の提案に、達也は困惑するが、頑として譲らない鈴に、結局達也が折れた。誘いを受けた両親は、鈴ちゃんのお母さんに悪いし、2人のお邪魔虫にもなりたくないと遠慮したが


「母とは、別に機会を設けさせてもらいます。ですから今回は、お嫌じゃなければ、是非。」


と鈴から直接誘われて、最後は喜んでくれた。


こうして、一泊の予定で初めての4人旅がスタ-ト。途中で観光や昼食をはさみながら、賑やかに目的地に向かう4人。


「お義父さんとお義母さんにご報告があります。」


「どうしたの?」


「実は私、来月から仕事を始めることになりまして。」


「えっ、そうなの?」


「はい、英会話教室の講師の仕事が見つかりまして。正社員じゃなくて、本数契約なんですけど、将来は正社員の道も開けてて。それに妊娠しても産休もちゃんといただけるそうなんで。前から、そういう仕事をしてみたいと思ってたんで、達也さんにも相談して決めました。」


「そうか、それはよかった。」


「鈴ちゃんの英語力が活かせる仕事が見つかってよかったじゃない。」


「ありがとうございます。」


義両親の祝福に、鈴はホッとしたように笑顔で答えた。