そして、営業部に戻った鈴は、同僚一人一人に挨拶をして行く。最後に同期の未来に


「未来、今まで本当にありがとう。未来と一緒にやれて、嬉しかったし、頼もしかった。感謝してるよ。後はよろしくね。」


と声を掛けると


「鈴~、今からでもいいから思い直してよ。鈴がいないと心細いし、同期もどんどんいなくなるから、寂しいよ~。」


鈴に代わって、営業事務のリ-ダ-になる未来が、ベソをかきながら、そう訴えるように言って来る。


「大丈夫、未来なら全然大丈夫だから。」


「なんかわかんないことあったら、電話するからね。よろしくね、鈴。」


「うん。出社はしなくなるけど、有休消化でまだ籍はしばらく残るから、その間は責任あるし、何て言ったって、私達は同期なんだから。仕事のことに限らず、これからも連絡取り合う約束じゃない。」


「う、うん・・・。」


そんな会話を交わしながら、とうとう定時になった。未来や後輩女子達の涙に送られて、鈴はオフィスを後にする。


(いよいよ、この建物も見納め、か・・・。)


さすがに少しおセンチな気持ちになって、エレベ-タ-に乗り、エントランスに出ると


「鈴ちゃん!」


前から飯田が、息せき切って走って来る。


「飯田さん。」


「あ~ぁ、よかった。間に合った・・・。」


鈴の前に立ち、両膝に手を当てて、肩で息をしながら、飯田は言った。


「私の為に、わざわざ戻って来て下さったんですか?」


営業部の職掌柄、定時になっても戻って来てない同僚が何人もいて、最後に挨拶できなかったことに心残りを感じていた鈴だったが、その中の1人の飯田が、懸命に駆け戻って来たのを見て、鈴は笑顔になる。


「これを、渡したくってさ。」


そう言って飯田が差し出した小さな包み。


「真純が君にって。『6年間、お疲れさまでした』って。」


「本当ですか?ありがとうございます。真純には、あとでよくお礼言っときます。」


「ああ。」


鈴が嬉しそうに、その包みを鞄に納めるのを見届けると


「鈴ちゃん。」


と飯田が改めて声を掛ける。


「もう一緒に仕事出来ないのは、寂しいし、むしろ悔しいくらいだけど、いろいろあったからな。仕方ない。今はただ、お疲れ様でしたって、心から言わせてもらう。」


そう言うと、鈴に向かって頭を下げる飯田。鈴の退社の裏に、何があったのかを知る人物は、実は少ない。その数少ない一人である飯田の複雑な心境を吐露する姿に


「いえ、他にやりたいことが出来たっていうのは、嘘じゃないですから。飯田さん、お世話になりました。」


と頭を下げ返した鈴は


「飯田さんにお礼を言わなきゃいけないですよね。」


と微笑んだ。