昼休み、達也は営業部長に呼ばれた。指定された部屋に行くと、そこには部長だけではなく、本田常務も待っていた。


「昼休みなのに、申し訳なかった。」


上席ではあるが、会社の組織としては、ライン外になるからか、営業部長は達也にそう声を掛けた。


「いえ。この度は妻のことで、ご迷惑をお掛けしてます。」


達也の方も、自分がなぜ呼ばれたかは、承知しているから、そう言って、頭を下げる。


「うん、突然のことで、こちらも驚いている。率直に言って、全く想定もしていなかったことなので。」


困惑の表情を隠さないまま、そう切り出した部長は


「神野さんとも直接話したが、『わがままを申し上げて、本当に申し訳ありません。一身上の都合もあり、新たな道を歩み出す決心をいたしました。どうかお許しいただくよう、お願いします。』とのことだった。慰留はしたが、本人の意思は固いということで、取り敢えず退職届は現在、私が預かっている。」


と切り出した。そして


「神野さんには、営業事務の中心となってもらってるだけでなく、営業担当としても頑張ってくれているのは、君もご承知のことと思う。先のプロジェクトでも、途中参加ながら、取引先の評価も高かった。出来れば、引き続き我が社で活躍してもらいたいと思っている。なんとか、翻意するよう、君からも言ってみてくれないかね?」


と言って、達也に頭を下げた。


「お心遣いありがとうございます。ですが、夫婦と言えども、僕と妻は別人格です。いろいろ相談したり、されたりはありますが、最終的には本人の意思を僕は尊重したいと思います。部長のお言葉は、妻には伝えますが、それ以上のことは、夫であっても出来ません。それはご理解いただきたいと思います。」


静かにそう答えた達也に、部長は表情を歪めたが、それは正論であり、それ以上の言葉を発しようとしなかった。


「では、失礼します。」


そう言って、退出しようとした達也に


「神野くん。」


と常務が呼び掛けた。


「私は鈴さんのことは、入社以来見て来て、よく知ってるつもりだ。熱心に業務に取り組んでくれて、向上心もある。先のプロジェクトでも、途中参加ながら本当に活躍してくれた。そんな彼女が、急に退職を申し出て来たのが、私には俄には信じられないし、腑に落ちないんだ。」


「・・・。」


「率直に聞くが、今回の彼女の行動は、家庭内のトラブルが原因じゃないかと思うんだが、どうなんだね?」


そう遠慮会釈なく切り込んで来た本田に、達也は一瞬息を呑み、また腹も立ったが


「それは・・・僕の口から、お答えすることではないと思います。」


と感情を抑えて、答えた。そんな達也の返事に本田は


「いや、失礼した。」


と頭を下げた。それを見た達也は、頭を下げ返すと、部屋を後にした。