週が明け、達也が出勤して、オフィスに入ると、ひなたがすっ飛んで来た。


「係長!」


「おはよう。どうした、血相変えて。」


そう声を掛けると


「どうしたじゃありませんよ。どういうことなんですか?鈴が会社辞めるって。」


と噛み付くように聞いて来る。ひなたが言うには、先程、出社して来た鈴がいきなり辞表を提出し、営業部は大騒ぎになってるらしい。


「そうか、やっぱり出したのか。」


興奮しているひなたに対して、達也は淡々と答える。


「やっぱりって・・・なんで止めなかったんですか?」


「本人が辞めたいって言うんだから、仕方ないじゃないか。」


「・・・。」


あまりにのれんに腕押しな達也の対応に、言葉を失うひなた。


「夫婦と言えども、干渉出来ない事はあるからな。あっ、ちなみに俺は辞めないから、引き続きよろしく。」


そう言って、ニヤッと笑った達也は、しかしその態度ほど、心穏やかではなかった。


昨夜、鈴から電話が掛かって来たのは、達也がそろそろベッドに入ろうかという頃だった。


『ごめんね、こんな夜遅くに。』


「いや・・・。」


このままで、いいはずはないことなど、百も承知なのに、妻と連絡を取ることから逃げ回って来た達也。そして鈴がこれから何を言い出すのが、固唾を飲んで待ち構えていると


『達也に報告しなきゃならないことがある。』


「う、うん・・・。」


『私・・・明日、会社に辞表出すから。』


という言葉が耳に入って来て、凝然となった。少しの沈黙が流れたあと


「それはつまり・・・高橋の会社に行くってことなのか?」


辛うじて、そう言葉を発すると


『そういうことに・・・なるのかな。』


と鈴。また流れる沈黙、そして・・・


「・・・わかった。」


と達也が自分でも驚くくらいの微かな声で、そう応じた時、鈴が一瞬息を呑んだ気配が感じられた。だがすぐに


『じゃ、おやすみなさい。』


の言葉と共に、通話は切れた。ツーツーという音が耳に入り、達也は携帯を耳から離したが、そのまま呆然と立ち尽くした。


(いよいよ、これが最後通牒か・・・。)


そのあと、達也はほとんど、まんじりとも出来ずに朝を迎えたのだった。