「不倫して、私達を裏切ったあの男を私は一生許すつもりはない。でも・・・。」


ここで、良子は一瞬言葉を切った。そして、1つ息をつくと、話し出した。


「振り返ってみると、私は自分のやりたいこと、進みたい道だけを見て来た。夫がそれに合わせ、それをサポートするのは当たり前、だって夫婦なんだからって。今考えれば、随分傲慢な考え方だよね。それは申し訳なかったなと思ってる。」


「お母さん・・・。」


「あの人ともっと会話を交わすべきだった。夫婦として、胸襟を開いて。お互いがお互いに何を求め、何を目指して行くのか。私達夫婦は結局、ほとんど何も話し合ってなかった。」


ここでまた、ため息をつく良子。


「そんな私達を見てて、鈴は私を反面教師にして、達也さんにいっぱい甘え、好きだ好きだって毎日のように言って、仲の良い夫婦になろうとしてたんでしょ?」


「・・・。」


「そして、疲れちゃったんでしょ?可愛い妻を演じ続けることに。」


「えっ?」


「結婚して3年も経てば、嫌でも相手のいろんなことが見えてくる。あなたは達也さんが自分の理想の人とは違うことに、薄々気が付き始めていた。でも、それを認めたくなくて、夫婦生活を壊したくなくて、懸命に頑張ってきた。でもね、無理はいつまでも続かないよ。」


「ちょっと、お母さん。勝手なこと言わないで、私は達也のこと・・・。」


「でも、他の人が好きになったんでしょ。それが何よりの証拠じゃない。」


反論しようとする鈴に、ピシャリと良子は言う。


「結婚してたって、他の異性が気になることはある。でも大抵の人は、その思いを心の中でとどめるの。それが普通なのよ。結婚してるって恋愛中とは違う。重みが違うのよ。でもあなたは、そんな当たり前のこともわからず、友達に相談までして。」


「・・・。」


「鈴は、達也さんとの出会いと再会の経緯から、彼を運命の人と思い込もうとしてたけど、私は申し訳ないけど、違うと思ってた。あれは単なる偶然、偶然と運命は違う。そんなもので舞い上がってる、あなたのことを危なっかしいと思って見てた。」


「お母さん・・・。」


「それでも最終的に結婚を許したのは、達也さんが誠実な人で、鈴をちゃんと包んでくれそうだなって思えたから。でも私はやっぱり甘かったんだね。私は今、自分が結婚に向かない女だったとつくづく思ってる。そしてあなたも、やっぱり私の娘だから同じだったんだね。」


「・・・。」


「私は達也さんに同情するけど、私はあなたの母親だから、あなたを見捨てられない。だから、達也さんにきちんとお詫びをして、早くケジメを付けなさい。これ以上、達也さんを苦しめないことが、せめてもの彼への誠意だと、私は思うよ。」


お説教されるのは仕方がない。しかし、もはや引き返す道はないと、一方的に決めつけて来る母親に、鈴はただ茫然と言葉を失ってしまっていた。