『まずいよ、本当にまずいよ。』


『なにが?』


『高橋さんと2人きりで出張なんて、絶対にまずいよ。』


『でも日帰りでしょ?』


『日帰りだけどさ、はっきり言って神戸でスイーツの食べ歩きなんて、仕事の名を借りた、半分レジャー気分になりかねないよ。』


その夜、鈴は動揺する胸の内を、LINEで梨乃に訴える。


『いいじゃない。会社がお金出して、2人を結ばせてくれようとしてると思えば、ありがたい話じゃない?』


『ちょっと、梨乃・・・。』


『鈴はもう子供じゃないんだから。もし誘われたら、それに応じるかどうかは、自分の意思で決められるし、決めるべきだよ。』


『私から・・・誘っちゃうかもしれない。』


『鈴。』


その言葉に、さすがの梨乃もちょっと驚いたが


『いいんじゃない?』


とすぐに返信する。


『えっ?』


『それが鈴の意思なら、全然ありだと思うよ。』


鈴の背中を押すようにそう書いた。


『わかった・・・。』


少し間があってから、そう鈴の言葉が返って来たのを見た梨乃は


(鈴もいよいよ覚悟を決めたのかな・・・。)


と感じていた。


そんな、決して知られてはならない自分の揺れる胸の内を、鈴は夫には気付かれてないと信じていた。


少なくとも鈴は、家では普通に過ごして来た。達也とのコミュニケーションを欠かしているつもりもなかった。揺れてはいたが、達也への気持ちがなくなってしまったわけではない。そのことには自信があった。


だが、やがて達也の様子がおかしいことに気付いた鈴はまさかと思いながら、夫の携帯を開いた。そしてそこには、夫の親友雅紀に偶然、高橋との密会を目撃されたことをきっかけに、自分の携帯を見た夫に、ほぼ全てを知られてしまっていることを伺わせる内容のやり取りがあった。


(やっぱり、神様はちゃんと見てるんだね・・・。)


夫にバレるはずがない、知られるはずがない。そんな驕った気持ちを抱いていた自分が情けなかった。そして、夫に問い詰められる時を、覚悟して待った。


しかし・・・夫は何も言おうとはしない。重苦しい空気をお互いに認めないかのように数日が過ぎた。そして、それに耐えきれなくなった鈴が


「なんで、なんにも言ってくれないの?」


とついに達也に問い掛けてしまった時、お互いを運命の人と信じ合って来たはずの夫婦は、対峙するように向き合うことになった。