「史、昼飯」
「あ、ごめん。私お昼は絶対友達と食べるから」
「あーそっか忘れてた。またね」
「はーい」
教室を通り過ぎざま声をかけてきた颯くんに手を振って、ぱたぱたと別棟の階段を駆け上がる。
そうだこれは後から聞いた話だけど瑠璃さんは常陸に媚びを売りまくって改心をしたんだって。
颯くんも常陸が言ってた再犯がなく夢から醒めたみたいに私のことを大事にする。好きだ、好き、と伝えてくれる彼氏と彼女を持って、でもなにひとつ満たされてなどいなかった。
そこに愛、なんてない。一度失った信頼に、取りこぼした愛情に、砂みたいに流れてった情熱に今一度熱を加えるなんてのは容易いようで酷く酷く難しいこと。
お母さんには、顔がスッキリしたね、って言われた。
ここ最近私の顔は曇り空で、お母さん実は心配してたんだって。変だよね。心配事なんてなに一つないのにね。弟の祐太はまだ9歳だけど大きくなって変な道に進まないように私がちゃんと見張ってあげないと。反面教師って言葉がある。大丈夫、私が間違えたぶん、お姉ちゃんがちゃんと真っ直ぐでいられるよう見守ってあげるからね。
「いざその状況に置かれたらあの二人の気持ちわかるかもよ」
あの日の最後に、常陸が私に言った言葉を思い出す。
地学教室へと向かう道すがら、この世界で唯一信じられるものだけにしがみついて生きることを、不正だなんて絶対誰にも言わせない。
教室の前で手を引かれ、暗幕を引かない部屋でキスをする。
遅い、と拗ねたように届く声が愛おしくて切なくて、触れては離す距離の中で掻き乱れて黒にする。
「常陸」
「なに」
「向こうで誰か撮ってるよ」



