1週間後、悠飛が出張から戻った。月末まで残り1週間しかない。私は、早速、悠飛を食事に誘った。会社帰り、いつものリーズナブルなレストラン。

そうよ。
悠飛は、普段から、そんなに高いお店にも行かないし、車だって高級車じゃない。
至って庶民的な普通の生活をしてた。
そんな、子供の頃から許婚がいるようなお坊ちゃんのはずない。

そう思いながら、私は席に着く。

いつものように、悠飛がオーダーしてくれて、私たちは、食事を始めた。

どう切り出そう。

迷ってる間に、食事を終えてしまった。

このままじゃ、ダメだ。

私は、食後のコーヒーを目の前にして、話を切り出した。

「あのね、聞きたいことがあるの」

「ん? 何?」

悠飛はのんびりとコーヒーにミルクを注ぐ。

「今月末で退職するって、本当?」

私が尋ねると、悠飛の手が止まった。

「なんで…… 課長に聞いたのか?」

それだけで分かった。事実なんだ。

久我 紘子(こが ひろこ)さんて、誰?」

悠飛の顔色が変わった。

「どうして、(ひかり)が彼女を知ってるんだ?」

「会ったからよ。お母さんにも。どうして何も話してくれなかったの。私は、悠飛の何なのよ!」

こんな話、レストランでするんじゃなかった。こんな場所じゃ、声を荒げることも、泣くこともできない。

「話す必要がないからだよ。俺は、光には余計な心配を掛けたくなくて!」

話す……必要が……ない⁉︎

あり得ない。
何それ⁉︎

私は、口をつけてないコーヒーをそのままに、席を立った。

「さよなら。もう、連絡して来ないで」

「光! 待てよ!」

悠飛は追いかけて来たけれど、支払いをすることなく店を出るわけにはいかなくて、その隙に私は、急ぎ足で駅に向かった。

 そして、そのまま、実家へ帰る特急列車の乗車券を購入した。アパートへ帰るのとは反対のホームに立ち、電車を待つ。電車が入ってくる直前、反対側のホームに駆け込む悠飛の姿が見えた。けれど、私は見て見ぬふりをして電車に乗り込む。

 そのまま実家に帰り、翌朝、会社へと連絡する。元々、有休消化していいと言われていたのに、悠飛の返事次第では、退職を覆さなくてはいけないと思っていたから、断っていた。でも、もう、それも必要ない。迷惑をかけるのは申し訳ないけれど、残りは有休消化にさせてもらった。最後の最後に、悠飛の隣で、泣きながら仕事をしたくはなかったから。


悠飛、本当に好きだったのに。

このまま、いつか、結婚できればって思ってたのに。

そういえば、悠飛からは、一度も結婚の話は出なかったな。

そういうことか。