「今日は………紹介する……」
「はい……倉瀬瑠輝……す」
そんな声が頭の中で反響して、そっと目を開けた。
ぼんやりとする目をこすると、そこは教室。
教壇の前には担任と見慣れない男の子。
青を帯びた黒髪に、透き通った色の瞳。
男の子だけど色白で、綺麗ってこう言う人のことを言うのだな。と思った。
黒板に書かれた倉瀬瑠輝と言う文字。
確か、発音はくらせ、るきっていっていたような気がする。
倉瀬くん、心の底でそう呟いてから、口に出すこともないであろう言葉を覚える。
私はクラスメイトをどう呼べばいいのか分からない。
小学校の頃はもっときちんと呼んでいたのに、中学になってからは呼べなくなってしまった。
でも、名前を呼ばなきゃいけない場面なんてあまり訪れないし、事実私は二年生になった今でも名前を呼ばなくても生活できている。
だから、クラスメイトの名字も名前も覚えている癖に、一度もそのどちらかで呼んだことがないのだ。
最初の授業は数学。
転校生が来たって、私は何も変わらない。
そう、変わらないはずだった。
「おい」
「…………」
「なあ、聞いてんの?」
私に言われたことではないと思い、聞き流しているとするりと耳の中にハスキーボイスが滑り込んできた。
「無視してんのかよ」
「え、私、ですか?」
「決まってんだろ。隣の席なんだってよ。よろしくな」
倉瀬くんは、さっきのセリフのキャラ的にオレ様系だと思ってたから、今みたいな人懐っこい笑みを浮かべられると反応に困る。
この人が何をしたいのか、私には理解ができなかった。
「よ、よろしく」
「お前、名前は?」
「薄氷、希蝶」
そう名乗った後にわかりやすく、うすらい、きちょう、と発音した。
珍しい名前だし、聞き取れない人がいるから、いつもそうやって言う癖がついている。
「ふうん。希蝶か。俺のこと、瑠輝って呼べよ?」
「あ、うん」
そう返事をしてから、心の中でそう呼ぶね、と付け加える。
倉瀬くん改め瑠輝くんは、意外に人懐っこい性格のようだ。
つり目がちだし、声も低いから怖い人と言う第一印象だけど間違っていたようだ。
「よし、じゃあ薄氷。悪いが倉瀬の面倒見てやってくれ。よし、じゃあ号令」
「きをつけ、礼。ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
このタイミングで、授業の準備をしてなかった人は立ち上がる。
勿論私は準備しているので座って待っているが。
数学教師が入ってきて、授業が始まる。
いつもと変わらない、何も変わらない。
だけど、何かが動いた気がした。
私は、このままの平穏を望む。
