あの子の事を遠目から眺めるばかりで私は何も出来ない。

 「優奈先輩……」

 胸の奥が詰まる痛み。

 学園のマドンナである彼女の存在は、私にとっては空の存在で、どれだけ手を伸ばしても届かない。

 いつも、横目で通り過ぎるだけで。すれ違うことでさえ叶わない存在。

 「あー!! ごめん。ボール取ってぇぇぇぇ!!!!」

 体育館から飛んできたボールが跳ねながらこちらへ向かってくる。近づいてくる人影は、()()()だ。

 鼓動が自然と速くなり、身体中に熱が籠り始める。

 ああ、今優奈先輩と目を合わせたら顔が赤いことがバレちゃうよぉぉ。
 でも、取らないと不自然に思われちゃうし……。

 仕方なくボールを取って優奈先輩に渡す。

 「ありがとう」

 横目で見た先輩の顔は、満面の笑みを浮かべていて。いつも通りの先輩で。

 それは先輩にとって私は『一人の後輩』なのだと。唯の後輩なのだと認識させられることで……。それがさらに私の心を傷付ける。

 もし、付き合ったら先輩は別の顔を見せてくれるのだろうか。もし、ここでキスをしてこの秘めたる想いを先輩にぶつけたら、先輩はどう思うのだろうか。

 そんな妄想をふとしてしまう。が、それは夢。一瞬にして頭の中から消して、先輩から目を逸らす。

 タタタ、と足音が遠のいたかと思うと、近づいてきて、柔らかな手の平の感触が頬を包み込んだかと思うと、先輩と目が合う。

 ————綺麗な瞳。
 大きい宝石のような輝きを帯びた薄茶の瞳に、精巧に作られた人形のような長いまつ毛が生え揃っている。
 陶器の如く白い肌に整えられた顔に桃色の薄い唇。
 墨を塗りたくったかのような光沢を魅せる濡鴉の黒髪。

 その美しさに思わず見惚れてしまう。

 「君、こうした方が可愛いよ」

 髪をかきあげ、ポケットから取り出したピンク色のピンセットで私の髪を止める。

 はわ……はわ……はわわわわわわわ!!!!

 先輩の甘い吐息と、柔らかな指先に意識が集中してしまって、頭が真っ白!!
 わ、わ、わ、私は今先輩に何されてるの!?
 わ、わた、わた、わたたた。

 「うん。やっぱり似合う。こっちの方が可愛いよ」

 甘いセリフを言い残して先輩は去っていった。
 私は先輩の後ろ姿をぼっーと眺めることしか出来なかった。

 そんなのずるいよ。先輩。