「お母さんも由子のファンだけど……。」
紀子は由子を見て、
「由子の一番のファンは、お父さんよ。」
と言った。

「お母さん……。」
由子も、紀子を見た。

紀子は、黙って頷いた。

「ねぇ、前から気になってたんだけど、何で私の名前、木へんが付かないの?」
由子は紀子を見て、
「柚子なら木へんが付いた方が分かり易いのに?」
と訊いた。

「それ、お父さんが付けたのよ……。」
と、紀子は答えた。


━━1996年5月28日、産婦人科の病室……。

3日前に、桜木家に長女が生まれた。

「娘の名前なんだけど、<由子>で<ゆず>にしたい。」
と、勇作が言った。

「え、柚子って木へんが付かなかったっけ?」
紀子は、首を傾げた。

「うん、本当は付くよ。」
と、勇作は答えた。

「じゃあ、何で?」
紀子は、不思議そうに訊いた。

「<桜木>に木が入ってるし、それに……。」
と、勇作は言葉を濁した。

「それに?」
紀子が促す。

「いつか娘が結婚した時、桜木じゃなくなるだろ?」
と勇作は言った。

「生まれたばかりなのに、もう結婚の話!?」
と、紀子は目を丸くした。

「うん。」
勇作は頷いてから、
「その時に、未来の旦那と、新しい<家族の木>を育てて欲しいんだ……。」
と言った。

「家族の木?」
と、紀子は首を傾げた。

「うん、家族は木だと思う、大きな木……。」
勇作は紀子を見て、
「お義父さんが大切に育てた、家族の木から枝分かれした、紀子と結婚して、桜木家の新しい家族の木が出来たみたいに……。」
と言った。

「なるほど、素敵な話ね。」
紀子は微笑した。

「その未来の旦那と、新しい木を植えられるように、名前に木は付けない……。」
と、勇作は答えた。

「ちゃんと意味があったのね。」
と紀子は言った。

「それに柚子は、5月25日の誕生花なんだ。」
と、勇作は付け加えた。


「お父さん……。」
紀子のから話を聞いた、由子は涙が止まらなかった。

紀子は、ビデオテープが入った箱を見て、
「これは、いらないのよね?」
と、訊いた。

「い、いるわ……。」
と由子は答えた。

「でも、ビデオデッキないんでしょ?」
と、紀子は悪戯っぽく訊いた。

「ちょ、丁度、ビデオデッキを買おうと思ってたのよ……。」
由子はしどろもどろしながら、
「演技の研究で、昔のドラマを見ようかなって……。」
と言った。

「素直じゃないところ……。」
紀子は由子を見て、
「お父さん、そっくりね……。」
と苦笑した。

(お父さん、ありがとう……。
お父さんの娘になれて、私、幸せだよ……。)
由子は、心の中で呟いた……。



【終】