「ケーキ?」
由子は首を傾げた。

「失礼ですが……。」
吉川は由子を見て、
「お誕生日は、5月25日では?」
と訊いた。

「え?」
由子は目を丸くして、
「どうして、お分かりに?」
と訊き返した。

「やっぱり、そうでしたか……。」
吉川は、納得した様子。

幸恵も頷いていた。

「どういう事ですか?」
再び、由子は訊いた。

「僕も妻も、高卒で今の会社に入りました。」
と言って、吉川は由子を見た。

「お二人共?」
と、由子は二人を見た。

「はい、僕たちは6年前に結婚して、その時に妻は退職しましたが……。」
吉川は由子を見て、
「それまでは、妻も桜木部長の部下でした。」
と言った。

幸恵は黙って頷いた。

「丁度5年前、結婚して1年目の5月25日の夜、部長が家にいらしたんです。」
と言った。

「吉川さんの家にですか?」
と由子は訊いた。

「ええ……。」
と、吉川は頷いた。


━━2016年5月25日の夜。

<ピンポーン>
━━吉川家のインターホンが鳴った。

「はい。」
幸恵が応答する。

『夜遅くに申し訳ない、課長の桜木です。』
と、インターホン越しに桜木が言った。

当時、桜木は課長だった。

「少々お待ち下さい。」
と幸恵は言った。

━━吉川が玄関のドアを開けた。

「課長、どうかされましたか?」
吉川は桜木を見て、
「僕、何かとんでもないミスとか、してしまったんですか?」
と言った。

「ん?」
桜木は首を傾げた。

「課長が家にいらしたので、何か緊張事態かと思いまして。」
と、吉川は言った。

「あぁ、そういう事……。」
桜木は納得した様子で、
「違う、違う。」
と言った。

「で、では?」
吉川は不思議そうに訊いた。
「じ、実は……。」
と、桜木は少々、言いにくそうだった。

「あなた、お上がり頂いたら?」
吉川の後ろから幸恵の声がした。


━━桜木は部屋に案内された。

「吉川君の奥さん、確か今日が誕生日だったよね?」
と、桜木は訊いた。

「課長、よく覚えて下さってましたね。」
幸恵は目を丸くした。

「し、知り合いと同じ誕生日なんだよ……。」
と、桜木は答えた。

「そうだったんですね。」
吉川が言った。

「その知り合いに誕生日ケーキを買ったんだが……。」
桜木は少し気まずそうに、
「相手の都合が悪くなって、渡せなくなってしまったんだ。」
と言った。

「そうなんですか?」
と、吉川は言った。

「家に持って帰っても、私も妻もケーキが苦手でね……。」
桜木は吉川達を見て、
「吉川君達さえ良かったら、このケーキを貰ってくれないかな?」
と言った。

「え、よろしいんですか?」
と幸恵が訊いた。

「うん、使い回しみたいで申し訳ないが……。」
と、桜木は頭を下げた。