僕がもらした呟きに、ことさら反応を見せたのは花純さんだった。

「へ……? いま、なんて?」

 彼女は肩を震わせて、耳まで赤く染めている。

「ああ、ごめんなさい。何となく……赤いバラの王子さまって単語が耳に馴染んでいたような気がして……」

 花純さんは膝の上に置いた鞄をぎゅっと握りながら、消え入りそうな声で「なんで?」ともらした。

「私、その呼び名は……学校の友達にしか言ってない、のに……、」

 そこで彼女はハッとなった顔を上げ、怪訝に眉を潜めた。

 無言で唇をキュッと結び、キョロキョロと忙しなく瞳を泳がせる。

「おかしい……」

「え?」

「何でなんだろ……?」

「あの……、花純さん?」

 今度は彼女の瞳が僕の顔をジッと見て、不安定に揺らいだ。

「私、多分、今から変な事言います……」

「はい……」

「実は今朝起きた時から……ずっと変な違和感を感じてて」

「……違和感?」

「あ、いえ。違和感というより……何か大切な事を忘れてしまったような気がしてて」

 彼女が何を言わんとしているのか分からず、僕は真剣に耳を傾けた。