"想いの糸"を気にしながら、ふわりふわりと足を出す。

 糸は伸びるだけで、固く縮みもせず、僕を放し飼いにしてくれた。

 やがて暗く沈んだ空気の中に、市立病院が見えた。

 レンが入院しているのは、三階の南病棟、302号室だ。

 空中を歩いたまま、廊下の窓からスルリとすり抜ける。

 天井にぶら下がる緑みを帯びた電灯が、リノリウムの床に反射して、いささか不気味さを演出していた。

 とは言え、僕自身がオバケなので何も恐れる事はない。

 生きていた頃なら、まず間違いなく夜の病院になど忍び込まなかっただろう。

 ふわふわと廊下を歩きまわり、目的とする病室前までたどり着く。

 302号室には、”市ヶ谷 蓮“と印字したネームプレートがはめ込まれていた。

 いちがや、れん……。

 微かに唇を動かして、その名を口にする。

 なんだろう。不思議と泣きたいような、ノスタルジックな気持ちに満たされる。

 もしかして、オレは……?

 記憶を揺さぶりそうな雰囲気を、ありありと感じさせる。

 頭の中に"ある可能性"が浮かび上がり、そんなまさかと打ち消した。

 蓮の部屋は個室だった。