この時の僕は、彼女と共に居れる事にただただ幸せを感じていた。

 やがては訪れる、名付けようのない辛さが増す事など考える余地もなく……。

 結局のところ、花純さんが持参した見舞い用の花束は、病室の前に置いて帰る事にした。

 病院を去る時。

 自販機コーナーに若い男女が数名いるのを見かけて、花純さんが振り返る。

 その中の一人をジッと見ているのに気が付き、僕は『どうしたの?』と尋ねた。

「………ちょっと。知ってる子のような気がして」

 どこか躊躇いを含んだ仕草に、僕は首を傾げる。

『声、かけてきますか?』

 花純さんはそこから視線を外し、ううん、と首を振った。

「別に知り合いってわけじゃないから」

 ……そうなんだ。

 何となく気になって、僕は花純さんが見ていた高校生ぐらいの若い男をジッと凝視する。

「行こ、ゴウくん」

 そのまま出入り口に向かう彼女に倣い、僕も浮遊する足で帰路を辿った。