「駿くんは……市内で入院するお母さんに会いに行く所だったんだって。
 ねぇ、ゴウくん。ゴウくんは確かどこかに行く途中で事故に遭ったんだよね?」

『……はい』

「だったら一度この病院に足を運んでみる? 駿くんのお母さんの病室を突き止めて、その人の顔を見たら何か思い出すかもしれないよ?」

 僕は花純さんの顔を見ながら、何と言うべきかを言い淀んだ。

 確かに、記憶が戻らないのは不安だし、このままずっと現世を漂う幽霊でいるのも嫌だ。

 死んだ僕がこのままそばにいると、花純さんに迷惑がかかるかもしれないし、何より彼女の健康面が心配だ。

 霊体の僕の影響で、花純さんが体調を崩したらどうしよう?

 できる事なら、早く成仏したい。

『……名前とか。全然分からないけど……一応、行ってみます』

 望みは限りなく薄いと感じたが、そう答えていた。

 花純さんの思いやりと努力を無駄にするのも嫌だった。

 花純さんは僕を見て、うん、と穏やかに笑った。

「それじゃあ行こう、土曜日に」

 花純さんがスクッと立ち上がり、壁にかけたカレンダーに"市立病院へ行く"と予定を書き込んでいた。

 ーード、クッ。

 え……。なんだろう?

 本来なら心臓があった左胸の奥が、ズキズキと痛い。

 既に死んでいる霊体なのに痛みを感じるなんておかしい。

 僕は不安に眉を寄せながら心臓部をグッと手で押さえた。

 言い知れぬ感情がこの時の僕を支配していた。

 僕はただそれを、呆然と受け入れる事しかできなかった。