「今日は人と会う約束をしていてな。この近くで、待ち合わせておる」

そう言われた為、男の部屋をそそくさと出た長谷川は、廊下を歩きながら、考え込んでいた。

男に感じた影…それが、何なのかわからなかった自分に、少し苛立っていた。

人のすべてが、わかるはずがない。

しかし、わかりたい。わかったと思いたい。

それは、エゴなのだろうが、

長谷川が目指すことには、そのエゴが必要であった。

例え、奢りたかぶった行為であっても。



突然、携帯が鳴った。

授業中は、電源を切っているが、今日は忘れていた。

あまりかかってくることがないから、携帯を意識していなかった。

電話にでると、妹からだった。

どうやら、学校に来たらしい。

驚いた長谷川は、慌てて携帯を切ると、走りだした。





「兄貴!」

学生しか入れない茶店のど真ん中に、堂々と座る知佳子がいた。

誰が見ても、明るい印象を与える知佳子は、この学校では浮いていた。

「兄貴の学校ってさ!入り憎いじゃん!なんか、敷居が高いというかさ」

長谷川が座ると、もうテーブルの上は、ホットケーキや何かでいっぱいで、コーヒーを置くスペースもない。

「よく食べるなあ」

長谷川は目を丸くすると、

「育ち盛りだから」

と、知佳子は胸を張った。

少し呆れながら、長谷川はきいた。

「で、何の用なんだ?」

知佳子は、パフェと格闘しながら、

「兄貴に会いたくなったの!」

その台詞に、長谷川は飲もうといたコーヒーをこぼしかけた。

「うそ!」

知佳子はにっと笑い、

「それは、二番目!本当はね」

持っていたスプーンを置くと、周りを見回した。

「この学校を見たかったの」

「知佳子?」

「あたしには、無理だって分かってるだけど...兄貴のようにかしこくないしさ。だけど..憧れてもいいじゃん」

そう言った時の知佳子の横顔を、長谷川は忘れることができなかった。