山道を、軽い足取りで歩く幾多の後ろから一台の車が追い越すと、

止まった。

幾多は、ゆっくりと車に近づくと、

何も確認せずに扉を開け、中に入った。



「お疲れ様です」

幾多を迎えに来たのは、かつて幾多と長谷川が通っていた高校の先生だった。


「ご苦労様」

幾多は、助手席に深々と座り込んだ。



静かに発車した車のハンドルを握りながら、

女は口を開いた。


「幾多様…。今回は、なぜこのようなことを?」

「別に意味はないよ。ただ…」

幾多は笑い、

「正流が、こっち側に来たプレゼントのようなものさ。それに…」

「…」

女は前を向きながら、口を閉じた。

「あそこには、人の社会で生きていく資格がある者がいなかったからさ」


幾多の言葉に、女は無表情を装いながら、きいた。

「一般の人間なんて…そんなものではないですか?」

「フン」

幾多は鼻を鳴らすと、

「そんなことはない。人は素晴らしいよ」

女に笑いかけた。

「こう見えても、僕は人を信じてるんだよ。みんな…優しくなれるってね」


女はその言葉に微笑むと、

「あまり…無茶をなさらないようにして下さいね。あなた様に、もしものことがあれば…」


幾多は、女の横顔を見つめると、

ゆっくりと手を伸ばし、

女の足に指を這わした。

「心配するな。お前のような女を置いて死ぬことは、ないよ」


「い、幾多様!う、運転中です!」

女の体が、ビクッと反応した。

その瞬間、車も左右に揺れた。

「あ、危ない!」

何とかハンドルを切り、体勢を整える女の体に、指を這わせながら、

幾多は耳元で囁いた。


「別にいいだろ?2人でいるんだから…。それに」

幾多は息を吹き掛け、

「お前となら、死んでも構わないよ」



「い、幾多様!」

女は、急ブレーキを踏むと、

「ああ!」

恍惚の声を上げた。




終わり。