「あ! 先生!」

はしゃいでいた子供たちが駆け寄っていくその男性には、見覚えがあった。

森川 翔平(もりかわ しょうへい)

高校生の頃、私が初めて付き合った人だ。あれから10年経ち、何人も他の男性と付き合って来た。けれど、プラトニックで終わった彼のことが、誰よりも1番好きだったと思ってしまう後悔の多い恋。今でも、時々思う。なんであの時、別れちゃったんだろうって。だから、10年ぶりなのに、一目で彼だって分かった。

そっか。
翔、ここで先生してるんだ。


「しぃー! みんなここに泊まるんだろ? これから、大人の人もここで寝るんだからな。みんながはしゃいで騒いでたら、他の人たちが寝られないだろ。ちゃんと大人しく、静かにしてるんだぞ」

「ねぇ、先生は? 先生もここに泊まるの?」

「先生は、学校を守るためにやらなきゃいけないことがあるんだ。川の水があふれてここまで来たら、困るだろ?」

「先生、かっこいい! ヒーローじゃん!」

「くくくっ ありがとう。じゃあ、先生、行くから、みんな他の人の迷惑にならないように大人しくしてるんだぞ」

そう言って、その場にいる子供たちの頭をくしゃくしゃと撫でる。私は密かにその様子を見守った。すると、そのうちの1人が、私に気付いた。

「あ! 舞花(まいか)先生だ‼︎」

つられて、数人の子供たちと一緒に翔もこちらに顔を向ける。その瞬間、翔の目がわずかに見開かれて、視線が固まった。

 女の子が駆け寄ってくる。

「舞花先生、あっちに龍太郎(りゅうたろう)もいるよ!」

そう教えてくれるのは、5年前に担任した美優(みゆう)ちゃん。弟の龍太郎くんは、去年まで担任してた年中さんの子。

「そうなんだ。りゅうくんは、もう寝る時間だし、みんな静かにしてあげてね」

そんな話をしていると、翔がゆっくりと近づいて来た。

「美優さんの保育園の先生?」

翔は美優ちゃんに尋ねる。

「うん、そう!」

そう言った美優ちゃんは、嬉しそうに私の背中から抱きついた。人懐っこくて、世話好きなお姉ちゃん気質の美優ちゃんは、とてもかわいい。

「舞花先生は、何舞花先生なの?」

翔は美優ちゃんに尋ねる。

なんで?
そんなこと聞かなくても、知ってるじゃない。
それとも、もう私の名前も忘れた?


 その時、放送のチャイムが鳴った。

急瀬(せせ)川の水位が堤防を超えました。小学校職員は至急昇降口に集まってください』

氾濫したってこと⁉︎

「悪い、先生、行かなきゃ! みんな、おうちの人の言うことを聞いて、いい子にしてろよ。絶対、体育館から出るなよ」

翔は、そのまま体育館を駆け出していく。

私も何かしなきゃ!

考えるより先に体が動いていた。私は、翔に続いて体育館を飛び出す。