由希と要は洗面所から出た。田中からは少し気まずいからお茶は遠慮すると断られたので、二人でキッチンへ向う。カウンター前を通っているときに、あれっと由希が後ろを振り返った。

「どうしたの?」
「う、うん?」

 由希は首を捻りながら向き直る。怪訝な表情で眉間にシワを作っていた。

「田中さんってああいう服着てたっけ?」
「え?」

 要は記憶を辿った。トイレに入る前にちらりと見た田中は、緑色のウィンドウジャケットを着ていたが、先程会ったときにはそれを脱ぎ、黒の薄手のセーターを着用していた。ジーンズも少し色が違うような気がする。

「多分、ウィンドウジャケットを脱いだだけだと思うよ。黒のセーターは隙間から、ちらっと見えてたから。ジーンズは多分、漏らしたから変えたんでしょ」
「そっか」

 お下品だなぁと思いつつ、由希は頷く。そのままカウンターを通り過ぎようとして、要の目に時計が留まった。電話の横に置かれているアンティーク調の置き時計だ。
 要はおもむろに近寄ると、時計を手にした。

「どうしたの、要ちゃん?」

 由希が不思議そうに後を追った。

「これ、なかったんだよ」
「え?」
「ここに来たときは、置いてなかったの。っていうか、交霊会やる前までは置いてなかった。何度か通ったけど、見なかったもん。でも交霊会後、電話線が切れたときには置いてあった。気になってたんだよね」

 要は冷静に言うと、時計をくるくると動かしながら見て行く。黒いコードが背面から伸び、カウンターのコンセントに刺さっている。

「あった」

 時計の側面にあったスイッチをONにした。そして、つまみを回し、三十秒後にタイマーを合わせる。

「これ、録音出来るタイプの目覚まし時計だよ」

 そう告げた直後、けたたましい音が鳴った。何かを叩く音や唸り声が、時計のスピーカーから爆音で流れてくる。

「なんだ!? どうしたんだ!?」

 田中が慌てて洗面所から飛び出してきた。その直後、要はスイッチを切る。田中が、強張った顔で要を見た。

「……幽霊?」

 田中の質問に要はかぶりを振る。

「人的な物です」

(だけど、おかしいな)