きっともう恋じゃない。



「イチャつくなら部屋でやれ」


ソファの背中の向こうにいる声の主の姿は見えない。

瞬時に離れていったまおちゃんはドアの方向を見遣って、そこにいる薫を睨み付けていた。


「邪魔はしないって言ってたろ」

「どうねじ曲げたらそうなるんだよ。姉ちゃんを起こすのはまかせるって言ったんだ」

「まだ起きてないからもう一回出ろ」


ちろ、とまおちゃんの目がわたしに向く。

暗かったからあんなことができたけど、明るい場所で見つめられると、さっきの自分が発した甘え声やわざとらしい仕草を思い出してくらりと目眩がする。


「はあ……」


薫の大きなため息が聞こえたあと、またパチンと音が鳴った。


「なんで消すの!?」


薄ら闇にぼんやりと浮かぶまおちゃんを避けて飛び起きると、すぐに電気がついた。

ドアの前に仁王立ちをする薫が眉間にいくつものシワを刻んでいく様を見て、これは仕組まれたのだと一瞬で悟る。

あーあ、と残念そうな声を上げるまおちゃんに恥ずかしさがピークに達し、自室に逃げ込もうと走り出した矢先、さすがの反射神経で捕らえられた。


「和華、飯食いに行こう」

「や、やだ!」

「なんで。薫と三人で行ってきていいって金もらったのに」

「じゃあかおると二人でどうぞ! わたしはお母さんと食べるし……」

「三人で食いに出ますって送ってって薫に頼んだ」


脇の下に腕をくぐらせて羽交い締めにされるわたしを冷ややかな目で眺めながら、薫が『送信済みー』と呑気な声で言う。

電話じゃなくて送信済みってまさか、また勝手にわたしの携帯を使ってメッセージを送ったのか。

そういえば、携帯が手元にない。

まおちゃんが駅から家に向かっているとメッセージを送ったあと、持たずに玄関に置いていた気がする。


高校入学までは携帯を買ってもらえないことに不満を抱きながらも、薫はゲームもネットもわたしのスマホを我が物顔で使うから、ごねることはなかった。

というのが、表の顔。

それを聞き分けが良いと誤解して夏休み明けごろにどうかなとお母さんがお父さんに話していたのをこの間立ち聞きしたけど、渡すなら早く渡してほしいし渡さないなら当初の約束通りにするとはっきり決めてほしい。

お父さんが断固として卒業までは渡さないと言っていたから、揺らぐことは多分ないのだけど。