『ブス』 『のろま』 『ビッチ』

「あ…、」

登校して、下駄箱で自分の靴箱に行くと、黒いスプレーや赤い文字で罵詈雑言が書かれたのを目にした。
恐る恐る靴箱を開けると中には生ごみや紙くずが入っていた。

「今日はゴミか…。」

昨日は画鋲、一昨日は虫の死骸、その前は剃刀だった。
毎回、毎回よくこれだけの物を集められるなあ。嫌がらせをするのも一苦労だろうに。

溜息を吐いて、ゴソゴソと手にしていた巾着袋から上履きを取り出した。
さすがに毎回毎回、靴箱を荒らされているので靴箱に靴や上履きを置いておくなんてことはしない。
だから、いつも上履きは巾着袋に包んで持ってきていた。

空になった靴箱なのにいじめっ子の彼女達はいつもいつもこうして嫌がらせをしてくる。
制靴を脱いで、上履きに履き替え、制靴を巾着袋に入れる。

「これ、綺麗にしなきゃいけないよね…。」

荒らされたゴミ箱を見て、再度、溜息を吐いた。
片付けた所でまた、彼女達に荒らされるのは分かっていたがこのままにしておくこともできないし。

そう思っていると、不意にカタン、と音がした。
隣を見れば、一人の男子生徒が上履きを取り出している所だった。

あ…、この人、確か同じクラスの…、

クラスメートの男子だった筈だ。名前は確か…、野宮翼。
クラスの中でも物静かであまり目立たないタイプの男子生徒。
どちらかというと大人しい存在でいつも本を読んでいるかスマホかパソコンをいじっている。この学校はノートパソコンもスマホも持ち込み可ではあるが持参のパソコンを持ち歩くのは野宮君位だ。

黒髪に黒縁眼鏡が特徴の平凡な見た目の彼は地味で影が薄い為、女子達からはキモイ、根暗、オタクだと馬鹿にされている。
女子達の間では彼氏にしたくない男ナンバーワンと定評だが見た目通り、真面目な生徒で学年でも一番頭が良く、成績優秀。
テストでもクラスではいつもトップで高得点の点数をとっている。
ギャルっ子のクラスメートの女子達はいつも彼にノートを貸せと要求している位だ。無口な野宮君とは同じクラスでもほとんど話したことがない。

野宮君を観察しながらそんな事を考えていると、視線を感じたのか彼はこちらに目を向けた。バチッと視線が合った。

「お、おはよう…。野宮君。」

「…おはよう。」

低い声でそれだけ返すと彼は横を通り過ぎた。
どうしよう。じろじろ見るなんて失礼だったかな。
いや。でも、野宮君って男子にも女子にもいつもあんな態度だったと思うし、元々無愛想なのかも。あまり、気にしなくても大丈夫だよね?

「あ、そうだ!早くこれ、綺麗にしないと!」

慌てて、靴箱の落書き消しとゴミ捨てに取り掛かった。