感情は働かない。

ただ反射的に、目の前が滲み始めた。



「……どうして?」



どうして泣きたくなるの、と私は私に問いかける。

理由なんて無い、ただ泣きたくなったからよ、と私の中の私も涙を流している。

ついに私の瞳からも溢れ出し、止まらなくなった。

しばらく私を見守っていた先輩が、突然に私の腕を引く。

次の瞬間には、腕が背中に回り、抱き締められていた。

そして、耳元で囁く。



「君は、決して弱くなんかない。ただ、自分に優しくないだけだ」



甘い台詞でも何でもないのに、ぐっとくる。

先輩のシャツに触れたとき、抱かれている腕の力が強くなった。

これ以上、縮まる距離なんて無いのに、更に引き寄せられる。



「俺の前から居なくなろうとするなんて、止してくれないか」



そこで、はっとして先輩の表情を見上げた。

目が合うと、先輩の頬には一筋の涙が伝い、柔らかく微笑む。

確かに言われてみれば、その微笑みに見覚えがあるような気がした。

どのくらいの時間か分からないが、しばらく見つめ合っていた。

それに気付くと、一度に気恥ずかしくなり、先輩の胸に顔を埋め、赤くなった私の頬を隠した。

先輩は、そんな私の頭をそっと撫ぜる。



「……やっと、君に触れられた」



夕陽の暖かい空気の中に、もう一つ。

先輩の体温の中にある、また別のもの。

日向の様な不思議な温さが、私を包み込む。





おわり。