僕らはその名をまだ知らない

唐突に志摩が私から離れた。



「……?」



濡れた唇を手の甲で拭った志摩は困惑する私を見て複雑そうな表情をする。



「どうし」



声を遮るように、志摩は私の後頭部に手を回し、ポスっと胸に抱き寄せた。



志摩のサマーセーターが頬に当たる。



「これ以上は、まずい。我慢できなくなる」



それが志摩にしてはやけに焦った声で。



拍子抜けした私はくすくすと笑い出してしまう。



志摩は「笑うな」と苦い顔をしたけど、次第に優しい表情に変えて、私の額に優しく口付けた。



「好きだよ、礼」



私の名前を呼ぶ、柔らかい声。



もうきっと幼なじみには戻れない。



この愛おしい感情も、まだ全部は知らない。



不安定で、不完全で、それでも、



志摩ならきっと笑って全部抱き締めてくれるはずだった。



「たぶん、私も」



風に揺れたカーテンからは、どこまでも優しい光が漏れていた。