カサイは幸子を殴った男だから、特別同情している訳では無いが、彼を心配する幸子を思えば慰謝料は払っておくべきだ。
僕は財布の中に入れた一枚のメモ書きを開き、そこに書かれた数字の羅列を確認した。
ある程度の変装をすると、誰にも何も言わず、銀行へと向かった。
翌日。前もってアポを取っていたため、僕は社長室の前に佇んでいた。腕時計の長針と短針が重なったら、二度目の直訴をするつもだ。
約束の十二時まではあと五分少々。とりあえずその時間が経ってから、扉をノックしようと思っていた。
少しして、先の来客者の声が途切れ途切れに聞こえた。
「……も無かったから、別れれば良いのにって……檜は将来………彼女に………」
ーー茜……?
茜が社長に僕の事を話していると分かり、扉に近付き、耳を澄ませた。
「檜がどれだけ彼女を好きだったか、わたしはそばで見てきて知ってたのに。認めたく無かったの。
いつか檜がわたしを見てくれれば良いって、……馬鹿みたいに期待したりもした」
僕はぶらりと下ろした手をギュッと握り締めた。
扉の向こうで交わされる茜の想いに、ただただ胸が詰まる。



