「お願いしますっ!」
「……駄目だ」
腰から水平に折った頭を上げ、今度はその場に膝をつく。
「お願いします、彼女との結婚を許して下さい!」
眼前に対峙するのはクッション性の青い床。背を丸め頭を下げるが、返答は虚しく同じものだ。
「駄目だ。何度も言わせるな」
頭上より降る言葉に、切々たる思いで顔を上げる。
「どうして駄目なんですか?? はっきりとした理由を下さい!」
理由か、と呟き、社長はため息をついた。頭が痛いと言わんばかりに、指でこめかみを押さえている。
「百歩譲って、恋愛はしてもいい。ただし結婚は駄目だ。そんなのは高みを目指すアーティストには必要ない。
君たちが売るのは歌だけじゃないんだ。君たちの生活、実体、そのものがウチの商品だ。
ファンにとってHinokiの偶像、イメージや想像が何よりも大切、誰のモノにもなり得ないのが前提。
そんなの、今更説明しなくても分かってるだろう?」
「いいえ、分かりません」
僕は立ち上がり、衣服についた埃を払った。
社長は呆れて言葉を無くしている。
「この件に関しては、僕は一歩も引きません。最悪、引退する事も考えていますが……。そうならない為に必ず認めて貰います」
失礼します、と一礼し、ドア口へと踵を返した。



