◇ ♀
「……ただいま」
恐る恐る声を掛け、三和土に靴を脱ぐとパタパタとスリッパの鳴る音がした。
「お帰り、幸子。疲れたでしょう?」
「……あ。うん」
母のその表情を見て分かった。
ーー良かった。まだテレビではやってないんだ。
「あれ? 幸子、スーツケースは?」
瞬間、ギクリとした。
「……あぁ〜、うん。ちょっと手違いで空港に忘れちゃって。でも、彼が見付けてちゃんと送ってくれたみたいだから、夜には着くんじゃないかな?」
「……え、そうなの? 手違いって、大丈夫なのよね?」
「うん。心配ないってさっき、メール貰ったし」
「なら良いけど」
母は首を傾げ、その後、アッと何かを思い出し、あたしを見た。
「そう言えば幸子。空港で葛西さんと会った?」
「……え? 慎ちゃん? ううん、会ってないけど」
「……そう。変ねぇ」
母は頬に手を当てて考え込んでいる。
「え。慎ちゃんがなに? 何か連絡有ったの?」
ああ、うんと頷きながら、母はどこか浮かない顔をする。
「幸子がまだロンドンにいる時、うちに電話がかかって来て。幸子に何か渡したい物が有るからって、切羽詰まった様子で言われたの。だから、帰国する日時と空港を教えておいたんだけど……どこかですれ違って、会えなかったのかしら」



