ボーダーライン。Neo【下】


「お母さんが……いえ、おばさんが覚えていらっしゃるかどうか、分からないのですが。当時、教師をしていた幸子さんとお付き合いをしていました。秋月 檜といいます。
 そちらへは二度ほど、ご挨拶に伺いました」

 幸子のほっそりとした腕が、僕の二の腕に絡み付く。一度猛反対されているだけに、彼女も不安で仕方無いのだ。

 その手に答え、僕は柔らかな笑みを向けた。

『……秋月、檜さん?』

 電話口の母親は自身の記憶をこじ開けるように、僕の名前を復唱した。

『ええ、ええ。よぉく覚えてますよ? そうですか、幸子は今あなたと?』

「……はい」

 なるほど、と何処か腑に落ちた様子で呟き、母親は独りごちた。

『それで葛西さんとの結婚も駄目になったのね』

「え?」

『いえいえ、こちらの話ですので。
 ……そう。それで?』

 それで、と言葉を詰まらせ、僕は本題に移った。

「彼女と帰国したら、そちらへまた、ご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか?」

 そこで一瞬、間が空いた。

 時間にしてたった数秒であるのに、途轍(とてつ)もない長さに感じられた。

 僕は緊張した面持ちで返事を待った。