「お母さんが……いえ、おばさんが覚えていらっしゃるかどうか、分からないのですが。当時、教師をしていた幸子さんとお付き合いをしていました。秋月 檜といいます。
そちらへは二度ほど、ご挨拶に伺いました」
幸子のほっそりとした腕が、僕の二の腕に絡み付く。一度猛反対されているだけに、彼女も不安で仕方無いのだ。
その手に答え、僕は柔らかな笑みを向けた。
『……秋月、檜さん?』
電話口の母親は自身の記憶をこじ開けるように、僕の名前を復唱した。
『ええ、ええ。よぉく覚えてますよ? そうですか、幸子は今あなたと?』
「……はい」
なるほど、と何処か腑に落ちた様子で呟き、母親は独りごちた。
『それで葛西さんとの結婚も駄目になったのね』
「え?」
『いえいえ、こちらの話ですので。
……そう。それで?』
それで、と言葉を詰まらせ、僕は本題に移った。
「彼女と帰国したら、そちらへまた、ご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか?」
そこで一瞬、間が空いた。
時間にしてたった数秒であるのに、途轍もない長さに感じられた。
僕は緊張した面持ちで返事を待った。



