「もう少し時間を置いて、せめて大学を卒業してから働いて。それでもまだ同じ気持ちなら、もう一度来て下さい」
声を出せず沈黙を守ったまま、コクンと顎を引く。
「あと。ヤケを起こされても困るから言っておきますけど。駆け落ちだけは絶対に許しませんからね!?」
「……。はい」
昔の記憶から、僕は現在へと還って来る。
あの時は、何も変えられないまま、むしろ状況を悪化させただけで、すごすごと引き下がるしかなかった。
幸子の母親は思っただろう。八つも年下の教え子で、しかも芸能界入りをする若者なんて、娘の結婚相手には相応しくない、と。
あれから五年経ち、既に名の売れたミュージシャンになれた訳だが。
芸能人なんて住む世界が違うと、また否定されるだろうか?
娘を平穏とはかけ離れた世界へ巻き込むのはやめて欲しいと、はっきり拒絶されるかもしれない。
僕は電話口に聞こえないよう、静かに緊張を飲み込んだ。
「初めまして、と言うよりは。実は僕、過去に直接お会いした事が有るんです」
『え?』
その返事から、母親のキョトンとする顔が目に浮かんだ。



