相手方の返答を受けると、今代わるね、と幸子は言い、おずおずと僕に受話器を差し出した。
「……もしもし?」
受話器を耳に話し掛けると、一瞬、ハッとした空気に包まれる。そして躊躇いがちに、あの、と返ってきた。
『ごめんなさい、日本語でも……大丈夫なのかしら?』
電話口の母親は、外国人だったらどうしようと、それを心配しているらしい。
「大丈夫ですよ。僕は日本人なので」
言いながら過去、幸子の母親と話した記憶が脳裏へ蘇った。
最後に直接会ったのは、僕が高三の時、単独で挨拶に伺った日の事だ。
あの頃は丁度デビューの兆しが見え、一度目の訪問では言えなかった卒業後の進路を、幸子の親に話しておきたいと思った。
結婚を許して貰えないのは、僕の将来性を見込まれていないからだ。だから幸子には何も言わず、母親に認められたい一心でインターホンを鳴らした。
当時、プロダクションに出入りする時に使っていたパスカードを見せ、更にはカードに記載された会社名を告げ、僕はアーティストになる夢を語った。
来年の春にはデビューが決まっている、微々たるものだろうが、ちゃんと給料も出る、だから結婚を許して欲しい。そう言いたかったのに、幸子の母親が下した判断は高校生の僕にとって辛辣なものだった。



